管理コストの増大やセキュリティ対策など,企業向けPC(ビジネスPC)については課題が山積している。例えば,初期コストが10万円のビジネスPCを導入した場合,その後3年間の管理コストは約70万円にも上るという。そのようなビジネスPCの課題を解決する1つのソリューションが仮想化を利用したシン・クライアントだ。NECが11月6日に発表した新しいシン・クライアントのシステムに関して,同社執行役員専務の小林 一彦氏がITproの単独インタビューに応じた。この新しいシステムの特徴について聞いた(聞き手は山口 哲弘=ITpro)。

なぜ仮想化なのか。RDP(Remote desktop Protocol)を利用して接続するならば,既存のターミナル・サービスでもよいのではないか。

小林氏:シン・クライアントはセキュリティとTCO(Total Cost of Ownership)を解決するソリューションだ。ビジネスPCは管理コストがかかる。人事異動のたびに各ユーザーが利用するPCの設定を変更したり,OSやアプリケーションのセキュリティ・パッチが出るたびにそれを適用したりするのは非常に大変だ。さらに,ウイルス対策や不正侵入対策,情報漏えい対策も必要である。アプリケーションをすべてサーバーで動かし,クライアントにはデータを保存しないシン・クライアントならば,これらの管理とセキュリティの問題が解決する。

 しかし,既存のターミナル・サービスを利用したシン・クライアントでは,これまでビジネスPCで利用していたソフトがすべて動作するわけではない。ビジネスPCを使ってユーザーがこれまで行ってきた作業ができなくなるのでは困る。仮想化を利用したシン・クライアント・システムならば,これまでのビジネスPCと100%互換性のある環境をそのままサーバー上で稼働できる。

 ただし,これまでは,仮想化を利用したシン・クライアントでも,ビジネスPCと比べてできなかったことが2つあった。それはVoIP(IP電話)と動画再生だ。VoIPには,大きく分けてPCを利用したものと,電話システムのものとがある。PCのVoIPは,ウイルス対策ソフトなどPC上(仮想シン・クライアント・システムならばサーバーで動作している仮想PC)で同時に動作しているソフトの影響を受け,音声がとぎれることがある。新しい仮想シン・クライアント・システムの端末「US100」には,通話相手とつながったら相手と直接通信し,仮想PCを通さないような仕組みにした。これは電話に使われているVoIPの仕組みと同じで,音声がとぎれることはない。また,通話相手はUS100に限らず,加入電話や携帯電話などとも通話可能だ。

なぜビジネスで利用するコンピュータ端末に電話機能や動画再生が必要なのか。

小林氏:VoIPが低コストだという以上に,コミュニケーション手段の1つだからだ。電子メールやビデオ会議システムなどビジネスのコミュニケーション手段はいろいろある。システムとしてはいくつかの手段を用意しておき,その都度最適な手段をユーザーが選択できるようにすべきだ。そうすると,電話というコミュニケーション手段の実装方法は,VoIPしかない。

 一方,動画については,最近のWebサイトに動画が使われ始めてきたからだ。Webアクセス,電子メール,電話はビジネスで必要な機能である。最近では,社内の情報伝達にPCの動画を利用する例もある。

US100では,具体的にどのように改善したのか。

小林氏:VoIPに関しては,先ほど説明したとおり,通話相手と接続したら仮想PCを通さず直接通話できるようにした。動画再生については,サーバーとクライアントを接続するRDPに定義されている拡張部分を利用し,クライアントで描画するようにした。通常,RDPで接続した場合は,サーバーで画面を描画し,その結果の画像データをクライアントに送って表示する。だがこの方法では,一度に20クライアントから同時にアクセスされるサーバーで動画や音声をデコードするのは不可能である。

 そこでUS100では,動画と音声のデコードに必要な処理を行う専用LSIを開発した。サーバーからは描画前の動画データをクライアントに送り,クライアントで描画する。

新しい仮想シン・クライアント・システムは,今後どの程度の販売を見込んでいるか。

小林氏:現在,1年間で1億台のPCが売れている。今後はその10%がシン・クライアントになるとの予想があるので,1000万台がシン・クライアントだ。そのうち,10%のシェアを取れば,2000億円になる。

 だがこれは控えめな予想だ。実際には別の見方をしている。現在,電子メールやWebアクセス,一般のオフィス・ソフトだけを利用しているビジネス・ユーザーは約70%と言われている。それらのユーザーはシン・クライアントで十分だ。

 さらに消費電力の点でもシン・クライアントは有利である。US100の消費電力は最大13W,平均7Wである。一般のビジネスPC20台分と,それと同等のシン・クライアントのシステム全体(サーバー1台とクライアント20台)の消費電力を比べると,5分の2に削減できる。

 以上のことを勘案すると,シン・クライアントの潜在市場規模は,7000万台程度あると見ている。そのため,4000億から5000億円くらいはいけると踏んでいる。