10月上旬に発売になる書籍『トヨタの口ぐせ』(中経出版)

1964年から2004年までの約40年間をトヨタ自動車で過ごした山森虎彦氏の口ぐせは「カイゼンは巧遅より拙速」

 トヨタグループの社員は、トヨタ用語とでもいうべき社内の共通言語を大切にしている。トヨタの社内で日常的に交わされている「生きた言葉」を、トヨタマンの口ぐせという形でまとめた書籍が10月初旬に発売になる。それが『トヨタの口ぐせ』(中経出版)だ。トヨタ自動車とリクルートグループが共同出資するコンサルティング会社のOJTソリューションズ(名古屋市)が、同社に所属する元トヨタマンの口ぐせを集めて一冊にまとめた。

 本書に登場するトヨタマンの1人である山森虎彦氏は、1964年から2004年までの約40年間をトヨタで過ごした大ベテランで、現在はOJTソリューションズのトレーナーとして、トヨタ以外の企業にトヨタの改善手法を指導して回っている。

 山森氏の口ぐせは「データで仕事しよう、ワーストから潰そう」「真因を探せ」「カイゼンは巧遅より拙速」であるが、なかでも最後の「カイゼンは巧遅より拙速」は同氏が一番大切にしている言葉である。1980年代に、当時の上司に言われて以来、山森氏は心に刻み込んできた。

 山森氏は「この言葉に出会えて本当によかった。私は上司に恵まれた」と振り返る。要は「あれこれ考えてばかりいないで、まずはやってみよう」という教えである。山森氏は「自分がトヨタ時代に実践してきた言葉なので、自信を持って紹介できる」と言い切る。

 トヨタ時代、山森氏は会議で上司に改善点を指摘されると、その帰り道には現場に立ち寄って対策を考え、誰よりも早く行動を起こしたという。「失敗してもいいから、早く行動すれば評価されるのがトヨタだ。逆に、考えてばかりで動きを見せないと、本気で怒られた」(山森氏)。時には「どんなにまじめに働いていても、行動が遅いがために、第一線の現場から外された人を実際に見てきている」という。それがトヨタの厳しさでもある。現場には、とにかく行動の速さを求める。

 ここでもう1つ大事な視点は「現場を見て、素早く行動する」ということだ。山森氏は過去に何度も「想像で話をするな。現場を見てこい」と、上司に怒鳴られた経験がある。裏を返せば、この上司は先に現場を見ていて、既に問題点を把握しているということだ。上司が「現地現物」を実践している。そうなると、部下である山森氏も、会議が終わるとその足で現場を見て帰らざるを得ない。そしてその場でカイゼンを始める。このスピード感がトヨタの強さなのである。

ひとづくりのための教育の差を痛感

 トヨタを引退した山森氏は現在トレーナーとして、様々な企業の現場でカイゼン活動を指導している。すると、ほとんど企業はあまりにも行動が遅く、「じれったくて仕方がない」という。そんな時に痛感するのがトヨタとの社員教育の差だ。「言葉1つとっても、部下に教えられる人がいない。褒めてくれる人もフォローしてくれる人もいない。教育がなければ、その後の実践もないのは明らかだ」(山森氏)。

 トヨタでは入社1年目からびっしりと教育プログラムが用意されており、その中には必ずトヨタ生産方式の考え方が盛り込まれている。そうした教育を山森氏も何度となく受けてきた。だから「カイゼンは巧遅より拙速」という言葉に出会った時、共感できたのである。それまでの教育がなければ、その言葉も耳には残らない。

 山森氏は現在、指導先の現状を目の当たりにして、「多くの企業で社員教育が軽視されすぎている。教育が足りないから、現場に宝の山が眠っていることに誰も気がつかない。宝の山を見抜く目が養われていない」と嘆く。

 山森氏は多くの企業のカイゼン活動が「これまで3人でこなしていた作業を1人でできるようになり、2人分の人件費を浮かせた」という議論で終わっている実情を問題視する。「それでは残った1人の教育はどうなっているのか。そこが全く議論されていない。どんなに優れた装置を導入して人を減らしても、残った人の能力で最後の品質が決まる。だから教育が一番大切だ」と訴え続ける。

「自分の城は自分で守れ」の実践法

 最近は巷にトヨタ本があふれ、トヨタ用語だけは聞き知っている人が増えた。しかし、肝心の教育がないと「言葉だけは知っていても、その意味や実践方法を理解していない人が多い。実は私もかつてそうだった。だから教育の大切さが身に染みて分かる」と、山森氏は明かす。

 山森氏はこんなエピソードを披露する。トヨタには昔から「自分の城は自分で守れ」という言葉があるが、それをどうやって実践するのかは、山森氏もある上司に教わるまでは分からなかったという。

 トヨタでは困っている部署や人手が足りない部署があると、他部署が部下を応援に貸し出す仕組みがある。そんな時にこの上司は「一番優秀な部下を貸し出す。それが結果的に自分の城を守ることになる」と教えてくれた。当然、残された人たちは、その優秀な社員の分まで働かねばならず、真剣に知恵を出し合うようになる。その過程で次の人材が育ってくるのだという。

 しかも、一番優秀な社員を貸し出せば、当然相手には喜ばれるし、逆に自分たちが困った時に他部署の一番優秀な人が応援に来てくれる。それが「自分の城は自分で守れ」ということだと、山森氏は教えられたという。

 口ぐせのように語られるトヨタの言葉は、それだけでは機能しない。ひとづくりのための社員教育があって初めて機能することがよく分かる。