「IT技術者育成の問題は、情報サービス産業や個々のIT技術者だけのものではない。企業の競争力にITが欠かせなくなった今、日本全体で考えなければならない。こう考えて経団連で諸外国の人材育成策を調査したところ、知れば知るほど日本の問題が浮き彫りになってきた」---。9月5、6日に日本情報システムユーザー協会が開催したカンファレンス、JUASスクエア2006で、経団連・高度情報通信人材育成部会長の山下徹氏(NTTデータ副社長)が講演し、こう語った。

 では実際のところ、諸外国の取り組みとはどんなものなのか。既知のこともあるが、意外に知られていないことも多い。同氏の講演から、特に大学教育に関わる事柄を抜粋して紹介しよう。

●中国

 2001年、北京大学や精華大学など主要な大学35校の中に、ソフトウエア学院を設置した。これらの大学には当然、情報工学科があるが、それとは別に実用的かつ実践的な教育を施すのがソフトウエア学院の目的だ。

 そのため授業は、英・中の2カ国語で行われる。実用性や実践性を重視し、教員の3分の1は海外から、3分の1は企業から、そして残り3分の1は大学から採用した。各学院は孤立しているわけではなく、中国が国策として設置している人材やカリキュラム面で交流活動がある。

 学生は、大学の本科の2年生以上から募集する。これにより自身の専門(機械や電子など)とソフトウエアという、いわゆるダブル・ディグリー(2種類の学位)の取得をプロモートしている。「ソフトウエアの専門知識を持つ法律家」を生み出すことを志向しているわけだ。「背景には、あらゆる産業においてソフトウエアが基本になっている、という考え方がある。これは大変優れた考え方だと思う」(山下氏)。

●韓国

 日本の経済産業省にあたる情報通信部の肝いりで、1997年に設立した、IT人材育成の専門大学「ICU(情報通信大学)」が中核。ICUには情報工学とITビジネスの2学部がある(情報工学には組み込み系も含む)。ITの知識を持つビジネス系の学生と、経営知識に精通したIT系の学生を育てる学際教育を基本とする(相互の単位の履修を義務づけ)。教育カリキュラムは、産業界の要望を反映した実践重視型である。

 入学者は日本のセンター試験に相当する試験の合格者上位1%に入る人材。元々、資質が高い上に、通常の大学の4年と違い3年で教育を終えるために、土日もなしに勉強する。しかも授業はすべて英語である。3年間の学士過程後には、1.5年の修士課程、3年の博士課程がある。

 商用のビルや大学の一部を間借りしているわけではなく、独自の校舎を持つ。運営予算の70%は政府で、理事長は情報通信部の長官が兼務。にもかかわらず国立大学ではなく、私立大学という位置づけだ。その理由は「国立にすると、韓国の文部省がいろいろ言ってくる」からだという。山下氏は「このような柔軟な発想は大いに見習いたい」と話す。

●米国

 官民でいろいろな取り組みを実践している。その一つが、連邦CIO評議会が進めるCIO教育。CIOのコア・コンピテンシーを12分類、72項目にまとめ、さらにそれを549の学習項目にブレークダウン。全米の大学に、CIO育成を呼びかけている。

 その一つであるジョージワシントン大学では、ビジネススクールの情報システム修士課程がCIO大学認定コースを包含。これは社会人を中心とした夜間コースで、1~3年の間に10科目を履修。よく知られたMBAなどと同様、膨大なテキストリーディング、ケーススタディ、プロジェクト実習がある。学生によると「土日は休む暇がない」とのこと。

 連邦CIO評議会の取り組みは、元々は連邦政府のCIO育成が目的である。だが各大学の実績を見ると、卒業生合計770人の官民比率は48:52で民がやや多い。これは費用が約300万円かかるため、官側の予算確保が難しかったことによる。

 山下氏は、このほか英国やドイツも同様な教育に取り組んでいると語り、その上で、こうした国の共通点として、(1)政府を中心に産業界が一体となって取り組んでいる、(2)実践的な教育に焦点を合わせている、(3)IT技術者のみならず、利用者側の人材であるCIOや組み込み系の技術者育成を重視している、といった共通点を挙げる。

 さらに、「日本も実はいろいろな取り組みをしている」と前置きした上で、企業や大学がバラバラにやっていたり、予算が小粒すぎたりして、全体として求心力も持つに至っていないという。例えば、韓国のICUの予算は過去9年間で約450億円。購買力の差を考慮するとかなりの規模だ。

 これに対し、日本の文科省が来年度に開始する予定のIT専門大学院大学構想の予算額は、6億円強。これを複数の大学が分けあうことになっている。日本が手をこまぬいている間に、彼我の差はどんどん拡大していると言えそうだ。