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 「消費者が市場,文化,そして技術をけん引している。それはITも同じだ。企業はこの流れを受け容れ,消費者向けのITをいかにうまく採り入れるかを考えるべきだ」。米ガートナー リサーチのバイスプレジデント兼フェローを務めるアナリスト,デイビット・スミス氏はこう力説する。ガートナー ジャパンが7月19日・20日に開催した「サービス指向アーキテクチャ(SOA)サミット2006」で,スミス氏が講演した内容のポイントを以下にまとめた。

コンシューマライゼーションは止まらない

 コンシューマライゼーション----消費者主導型経済の到来と,ITは密接に連動している。

 コンシューマライゼーションは決して「はやり言葉」ではない。明白に見て取れる社会全体の動きである。消費者が市場や文化をけん引している。消費者によるボトムアップ,「上からの浸透ではなく下からの浸透へ」という流れは,もはや止められない。

 それはITも同じである。最新技術はまず個人消費者向けに投入され,その後企業に利用されるという流れになっている。つまり,ITの大きな変革は,まず消費者に訪れる。ITでも「消費者が先,次に企業」という流れが確立しつつあるのだ。

 10年前,多くの企業のシステム担当者は「インターネットは仕事では使えない,ましてや基幹業務になんて」と言っていた。しかしその後,イントラネットや電子商取引は当たり前になった。インスタント・メッセンジャー(IM)についてもそうだろう。以前はあくまで消費者向けのツールという認識だったが,いまは企業のメッセージ・インフラとして真剣に検討されている。

消費者向けITの動向をウォッチせよ

 だから企業のIT担当者は,消費者向けITの動向をウォッチするとよいだろう。ITはまず消費者市場に投入されて,そこで洗練されたものが,企業向けに投入される。

 消費者市場から発した企業向けITはたくさんある。パソコン,GUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース),電子商取引やイントラネット,Windows95,IM,携帯電話,PDA(携帯情報端末),ワイヤレス通信,デスクトップ・サーチ,IPベースのテレビ会議,Webサイトのプラットフォーム化などだ。米Amazonや米Googleに代表されるネット企業の存在や,「Web2.0」の動きも強いインパクトだ。ソニーグループが「プレイステーション3」向けに米IBMや東芝と共同開発しているプロセサ「Cell」は,IBMがサーバー機に使う計画だ。

 このように最近では,企業向けの重要なITが消費者市場から次々に到来している。企業は「こうでなくてはならない」という思い込みを捨て,まずこうした動きをあるがままに見つめるべきだ。

 個人向けのITと企業向けのITは,境界が曖昧になりつつある。社費で購入したノート・パソコンを遊びで使っているケースがあれば,自分で購入したノート・パソコンを仕事でも使っているケースもある。つまり,このマシンは仕事用,このマシンは個人用などとかっちり使い分けることは難しい,ということを示している。企業が社員に長時間労働を強いているにも関わらず,企業のパソコンをちょっとした個人利用さえも禁止する,というのは無理な話だろう。

 ユーザーは無償のソフトウエアやサービスを個人でも利用しており,しかもその価値を認めている。企業側がそのユーザーのニーズを満たせる代替手段を提供しない限り,たとえ利用を禁止しても,ユーザーは必要なソフトをダウンロードして使い始めるだろう。ルールを破る背景には,何か目的がある。

 会社のメールを考えてみよう。容量の上限を厳しく設けている企業が多いのではないか。ところがGoogleの電子メール・サービス「Gmail」に目を向けてみると,容量はギガバイト単位だ。「だったらGmailを使おう」と思う社員がいてもおかしくない。企業はITへの考え方を変えるしかない。

ユーザー,消費者,子供たちから学ぶべきものは多い

 ITの製品やサービスは今後,より消費者向けの設計を指向するようになる。企業のIT担当者は,それら消費者向けの製品やサービスをどう自社に生かすかを考えるべきである。

 ITプラットフォームの価値は,既存システム,データ,Web,消費者など,アクセスできるものの質や量で決まる。だから企業情報システムは,Webサービス,Ajax,RSS(リッチ・サイト・サマリ)など,Webベースが基本となるだろう。

 それと並行して,企業情報システムは今後,社内でも“社外”と見なすアーキテクチャに変わっていくいくだろう。いま企業は,モバイル,在宅ワーク,パートナー企業の社員など多様なワークスタイルや働き手に対してシステムを提供する必要がある。こうした場合,社内と社外をきっちり分けて考えることは難しい。このアーキテクチャは,社外に限らず社内からのアクセスも含めて「あらゆるアクセスには潜在的な悪意がある」という姿勢で設計することが望ましい。

 流れに逆らおうとすれば,失敗することになる。ユーザーへの啓蒙活動や,現実的かつ実用的なアプローチを心がければ,流れをコントロールできるし,利益も得られる。

 ITは以前よりも「人間中心」になりつつある。人間が機械のように働くのではなく,機械であるITがより便利になろうとして,人間に近づこうとしている。

 企業は人間であるユーザーに接近することで,新たなビジネス・モデルを発案できる。企業のIT担当者はユーザーに学び,消費者と最も密接に関わる事業部門の従業員に学び,技術を扱うことに長けた子供たちにも学ぶことが重要なのである。