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 「2010年に向けて日本企業を取り巻く環境は大きく変わる。ITはその中で競争優位の戦略を構築するための手段だ。しかし,手段も選択を間違えると大変なことになる」。野村総合研究所の藤沼彰久社長は7月20日,東京・品川で開催されたIT Japan2006の講演で,企業を取り巻く経営環境の変化と,変化に適応するIT技術マネジメントの重要性を強調した。

 藤沼氏は,今後の日本では「社会環境の変化」,「規制緩和」,それに「日本を取り巻く国際環境の変化」という3つの面で変化が起きると見る。特にインパクトが大きいのが,団塊の世代の引退にともなう社会環境の変化だ。1945年から1950年の間に生まれた団塊の世代は2005年から2010年にかけて60歳になり,引退の時期を迎える。この間,毎年14兆円前後の退職金が支払われ,金融資産が大幅に増加する。さらに,デフレの終焉で金利が上昇するため,タンス預金として“死蔵”されていた20兆円も,金融マーケットに流出する。

 規制緩和では,話題になっている放送・通信だけでなく,電力,農業,医療など社会的にインパクトの大きい制度改革が続く。国際環境の変化としては,アジア経済が中国一極の成長から,インド,ASEAN(東南アジア諸国連合),中国という各地域が連携しながらの成長にシフトすると見る。特にポイントとなるのが「消費地」としてのアジアの拡大。中国,インド,ASEANにおける1人当たりの年間所得3000ドル以上の人口は,2004年の1.5億人から2009年には4億人にまで増加する。年間所得3000ドルは低価格の家電を購入できるかどうかの境目で,これを超えると消費が一気に拡大する。

 これらの変化は,企業経営にも大きなインパクトを与える。例えば金融サービス業では,増大する金融資産を取り込むために,現在の「総合病院」型から「専門医」型,「ホームドクター」型,「家庭の医学」型のような多様な形態を提供する必要がある。藤沼氏は今後の金融サービスが目指すべき方向として,「消える金融」と「創る金融」を挙げる。消える金融とは,おサイフケータイをはじめとする電子マネーのように「溶け込み意識されない」サービス。創る金融とは,顧客の特性に合わせてセグメント化を徹底したサービスのこと。例えば,米国のカード会社であるCapitalOneでは,アメリカンフットボール好きの顧客向けに入場券プレゼントの特典を付けるなど,顧客特性に合わせて6000種類ものサービスを提供しており,この10年間で発行枚数が170万枚から4000万枚を超えるまで急成長している。
 
 ITは,こうした企業環境を取り巻く変化に対応するための,経営戦略実現の手段となる。しかし,1990年代のダウンサイジング以降,技術の流れは大変速くなっており,一生懸命構築したシステムも,IT技術の選択を間違えると,短期間のうちにベンダーがサポートしてくれなくなる危険がある。

 そこで野村総研では,適切なIT技術を選択するための「情報技術マップ」を作成している。この情報技術マップは,「運用管理」「データベース」「開発言語」などの分野ごとに,個々の技術を「成熟技術」,「中核技術」,「先端技術」に分類。通常のシステム構築では,安定利用できる成熟技術を中心に採用し,さらにコストパフォーマンスを考慮しながら中核技術を採用する。先端技術は,まず社内システムや先端的なユーザーでの実証実験で検証する。こうしたIT技術マネジメントは,情報技術本部長のころから藤沼氏が実践してきたもの。「若い技術者は,JavaやLinuxのような新しい技術が出てくると,すぐに採用しようとする。もちろん使わないわけではないが,新しい技術はこうした議論を踏まえた上で採用する必要がある」と指摘した。