写真●Woodcrestを発表する米インテルのカーク・スカウゲン デジタル・エンタープライズ事業本部副社長兼サーバー・プラットフォーム事業部長[画像をクリックで拡大表示]
 処理性能の向上と,消費電力の低減---プロセサの開発は背反する二つの問題を解決するべく「マルチコア化」の方向に進んでいる。マルチコア化が進むプロセサ市場に,また新たなプロセサが登場した。

 インテルは6月26日,サーバーおよびワークステーション向けの新プロセサ,「デュアルコア Xeon 5100番台」を正式発表した。出荷開始は27日から。このシリーズは開発コード名「Woodcrest」として知られていたもの。新マイクロアーキテクチャ(プロセサの設計規範)である「Coreマイクロアーキテクチャ」を初めて採用した,今後のインテルのプロセサ戦略を代表する製品である(Coreマイクロアーキテクチャについては,記事後半で解説する)。

 今回インテルはWoodcrestとして,動作周波数などに応じて6種類のプロセサを投入する。ハイエンドの製品は「5160」で,3GHzで動作。システム・バスは1333MHz。消費電力は80Wで,2次キャッシュは4MBである。

 5月に発表済みである「Xeon 5000番台(開発コード名はDempsey)」のハイエンド製品は,3.73GHzで動作。システム・バスは1066MHz。消費電力は130Wで,2次キャッシュは2MBを2つ備える。「Woodcrestの方がクロック周波数は低いが,処理性能は大幅に向上した。消費電力も低くおさえている」(インテルの吉田和正共同社長)。5160の1000個受注時の価格は,9万7000円(他の製品についてはインテルのプレスリリースを参考にしていただきたい)。

 WoodcrestはCoreマイクロアーキテクチャの採用により,処理性能を向上させつつ,消費電力の削減を図ったもの。インテルによると,開発コードを「Paxville」と呼んでいた旧型のXeonプロセサ「デュアルコア Xeon DP 2.8GHz/800MHz」と比べて,処理性能を80%向上させつつ,消費電力を35%削減したという。つまり,消費電力当たりの性能は約2.8倍にも及ぶ。Woodcrestは5月に発表したばかりのXeon 5000番台(Dempsey)に比べても,約40%ほど処理性能を高めたとしている(SPECint_rateによる相対性能比較)。

 同日,日本ヒューレット・パッカード(日本HP)はWoodcrestを搭載したワークステーション「xw6400」など2機種を発表した。旧型の「xw6200」(シングルコアのXeon 3.8GHzを2基搭載)とxw6400(Woodcrest 3GHzを1基搭載)と比べると,「体感だけでも1.5倍から2倍の処理性能。また,電力面でも確かなメリットがある」(日本HPでワークステーション分野のマーケティングを担当する小島順氏)と同社は説明する。

 日本HPによると,Woodcrestを1基搭載したxw6400は,シングルコアのXeonを2次搭載したxw6200と比べて,画像のレンダリング処理性能が30%から60%程度高まった。「Woodcrestを2基搭載すれば,xw6200の2.5倍から3倍程度の処理性能を確保できる」と小島氏は語る。「画像分野は並列処理が多いため,デュアルコアによる処理性能の向上を期待しやすい」(小島氏)。

 日本HP以外にも,NEC,デル,日本IBM,日立製作所,富士通など主要ハード・ベンダー各社は,Woodcrestを使ったワークステーションやサーバー機を順次出荷する予定だ。時期は7月から9月にかけての見込み。

 また発表では,5月に投入したサーバー向けプラットフォーム「Bensley(開発コード名)」の利点を強調した。BensleyはXeon 5000番台(Dempsey)と同時に発表したもの。WoodcrestもBensleyを使用できる。インテルはBensleyについて,新しい主記憶の規格である「FB-DIMM」を採用し,データ転送速度を最大2倍に増やしたこと,最大主記憶容量を以前の16GBから64GBに拡張したこと,メモリーのエラー訂正機能の強化,I/Oの強化,デュアルコアを生かした仮想化機能(VT)など,メリットを打ち出した。

AMDの「Opteron」に対抗できる本命が登場

 x86系のサーバー・プロセサ市場で圧倒的なシェアを持つインテルだが,2005年から今年にかけては,米AMDのプロセサ「Opteron」に押されていた。AMDの業績はシェア拡大に応じて,増収増益を続けている。AMDは米調査会社のデータを取り上げつつ,2006年第1四半期,Opteronはx86系のサーバー・プロセサ市場で,プロセサ出荷数の22.1%を確保したとしている(参考資料:米AMDのプレスリリース)。

 AMDのシェア拡大は,各サーバー・メーカーの動きに現れている。インテル製プロセサを使い続けてきた米デルが5月,サーバー機ラインナップの一部で,Opteronの採用に踏み切った。消費電力と熱の増大がプロセサの大きな課題になる,という問題にAMDは早くから注目。インテルよりも先にデュアルコア化をにらんだ設計を製品に盛り込んでいた。その判断の違いが,AMDのシェア拡大とインテルの守勢に結びついたと言える。

 インテルはWoodcrestの投入でようやく,勢いづいたAMDを本格的に迎え撃つ体制が整った。米インテルのカーク・スカウゲン デジタル・エンタープライズ事業本部副社長兼サーバー・プラットフォーム事業部長は,「シェアが少しずつ下がっているが,Woodcrestで取り戻したい」と語る。


消費電力の効率を高めるCoreマイクロアーキテクチャ

 Woodcrestで採用したCoreマイクロアーキテクチャのポイントは,「消費電力と処理性能のバランスを取れる設計にしたこと」(インテル)にある。インテルは「Intel Developer Forum」など各種の技術発表会で,プロセサの設計方針を従来の“処理性能指向”から「消費電力と処理性能のバランス」に切り替えることを掲げていた。

 Coreマイクロアーキテクチャの特徴は大きく5つ。まず,(1)命令を並列実行するための仕組み「パイプライン」を変更し,段数を14段に減らした。「Pentium4」のアーキテクチャである「NetBurst」では31段だった。

 一般にはパイプラインの段数が多いほど動作周波数を高めやすい。Coreアーキテクチャでは,あえてパイプラインの段数を減らす設計方針を採った。つまり今後,大幅な動作周波数の向上は見込めない可能性もある。しかし段数が減ったことにより,パイプラインを制御する回路が簡素になった。この結果,消費電力を押さえられるという効果がある。このあたりにも,性能と消費電力のバランスを取った設計思想が現れている。

 また,動作周波数以外の点で,性能向上の工夫を施した。プロセサで処理を実行するための内部命令の最大発行数を,4命令に増やした(図1の「デコード」という部分を参照)。NetBurstでは3命令までだった。

図1:Woodcrestで採用した「Coreマイクロアーキテクチャ」の概要

 さらに(2)複数の命令をまとめて実行する2種類の機能,「Micro-Fusion」と「Macro-Fusion」を組み込んだ。複数の命令を1つの命令に変換することによって,処理を効率化するのが基本的な考え方だ。Micro-fusionは, x86命令をプロセサ内部で処理しやすいように最適化した命令(Micro-Op)について,まとめて実行するもの。例えば頻繁に見られるロード命令とALU(演算処理)命令の組み合わせをまとめて処理する。一方のMacro-fusionは,複数のx86命令をまとめて実行するものである。具体的には,比較命令と分岐命令をまとめて実行するようにした。x86系の命令では,比較命令の後に分岐命令が続くプログラムが多いからだ。

 (3)プロセサ内にある複数のコア同士が,共通の2次キャッシュ(4MB)を効率よく利用するための「Advanced Smart Cache」機能を備える。前バージョンであるDempseyは,2つのコアがそれぞれ2次キャッシュを持っていた。このため,片方のコアがもう1つのコアの2次キャッシュを利用する際にバス(共通の経路)を経由する必要があるため,ロスが生じていた。Woodcrestでは2次キャッシュを共有化したため,バスを経由することなく,より効率的に2次キャッシュを利用できるようになった(図2)。

図2:WoodcrestとDempseyにおける,2次キャッシュの違い
Woodcrestは共通の2次キャッシュを効率的に使える

 (4)メモリー・アクセスの機能も強化した。インテルはこれを「Smart Memory Access」と呼んでいる。主記憶からデータを読み出す際に,プログラムの実行順序と関係なく,読み出しに先立って書き込みできる機能を採用した(注:プロセサの処理は,読み出し- 発行 - デコード - 実行 -書き込みという順番で行われる)。これにより,コア内のメモリー・アクセスの待ち時間を最小に抑えている。

 (5)プロセサ内の回路のうち,使っていない部分の電源をオフにして消費電力を抑える「Intelligent Power Capability」を装備した。例えば図1で言えば,内部の計算に徹していてロードやストアを使わない時は,その回路の電源を切る。以前のXeonでも可能だったが,電源を切る部位をより細かく制御できるようにした。

 消費電力の低減という意味で,Coreマイクロアーキテクチャは,モバイル向けプロセサに採用してきたアーキテクチャ「Banias」の思想を受け継ぐ。5月に発表したXeon 5000番台(Dempsey)など従来のサーバー向けプロセサでは,アーキテクチャとして「NetBurst」を採用していた。NetBurstは,周波数の向上による処理性能のアップを基本にした設計で,消費電力の低減には向いていなかった。

 インテルはすでにXeonやパソコン向けプロセサでデュアルコア化を進めていた。ただ,「処理性能の向上と消費電力の低減というデュアルコア本来の目的に沿った設計のプロセサ」,という視点で見るならば,Woodcrestがインテルにおけるデュアルコア・プロセサの“真打ち”と言える。インテルはWoodcrestに続き,デスクトップ向けの「Conroe」,モバイル向けの「Merom」にもCoreマイクロアーキテクチャを採用する予定だ。