オムロンの綾部事業所で見学者を案内して回るコンシェルジェのリーダーである藤澤和男氏(右側の男性)
オムロンの綾部事業所で見学者を案内して回るコンシェルジェのリーダーである藤澤和男氏(右側の男性)
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 デジタル家電を中心に、国内の主要メーカーが自社工場を外部から遮断して製造プロセスを完全に機密にする「工場のブラックボックス化」に突き進む傾向が強まっている。そうしたなかで、逆に業界の先端を行くものづくりの現場を積極的に外部に公開して人気を博している工場が京都にある。

 センサーなど産業機器を製造するオムロンの綾部事業所だ。同事業所は工場の見える化ならぬ「見せる化」に、事業所を挙げて取り組んでいる。

 綾部事業所は、JR京都駅から特急電車で1時間ほど行った緑濃い山あいの中にある。お世辞にもアクセスが良いとは言えないこの場所に、昨年度は1年間に約1800人もの見学者が訪れたというから驚きだ。今年度もほぼ同数の見学者の受け入れを見込んでいる。

 ビール工場の見学のように、最後に新鮮なビールが飲める特典が付く「楽しい」見学ツアーとは訳が違う。オムロンが取り組む多品種少量生産に対応した「セル生産」や、オムロン独自の「ジャスト・イン・タイム」の仕組み、工場の「見える化」などを現場で直に学ぼうと、綾部事業所には全国のメーカーから毎日のように見学者が訪れる。同じ企業から何人もの見学者が来ることもよくある。

 綾部事業所の工場見学は、至れり尽くせりの内容だ。専用のホームページや見学を追体験できるDVDを用意しているだけでなく、当日には見学者に張り付いて工場内を説明して回る専任ガイドを5人も待機させている。5人が手分けして年間1800人の見学者に応対しているのだ。

 彼らは工場内で「コンシェルジェ」と呼ばれている。ホテルのフロントにいるコンシェルジェさながらの手厚いサービスで見学者に応対する。例えば、見学者から自社工場が抱えるものづくりの課題を聞き出し、各自の興味に合致しそうな場所を見せて回る。

 見学者からは製造ノウハウにかかわる専門的な質問が来ることもあるので、見学には実際に現場で働く工場スタッフも1~2人同行する。コンシェルジェの1人で、5人のリーダーである藤澤和男氏も、もともとは綾部事業所の技術者だ。毎日押し寄せる工場見学者のために、実際の技術者を常時配備している企業はなかなかないだろう。

 藤澤リーダーによれば、生産現場は各社の「方言」が飛び交うため、最初に見学者には「何を知りたいのか」をヒアリングすることが欠かせないという。例えば、複数の人から同じように「セル生産の現場が見たい」と要望があったとしても、企業によっても担当者によってもセル生産に対する認識が少しずつ違っていることが多いというのだ。藤澤リーダーがいう方言とは、同じ言葉でも人によって指すものが微妙に異なるものののことだ。この方言を理解して、見学者が本当に見たいと思っている場所に案内するのがコンシェルジェの腕の見せ所になる。

 綾部事業所は2003年4月に、積極的に外部に工場を公開する方針を打ち出した。それまでも時折見学者を受け入れていたが、見学に来るメーカー担当者の多くはオムロンの産業機器の顧客企業や取引先だったこともあり、「当社のものづくりのノウハウが、もっと顧客企業のお役に立てばいいと考えた。それで顧客企業のものづくりが強くなれば、また当社とお付き合いしていただける」(藤澤和男リーダー)。

 積極的に工場を公開することに対しては、当然社内で議論になったという。ノウハウの流出というリスクがあることは否めないからだ。それでも綾部事業所が工場を積極的に見せることにしたのは、「失うものよりも得るものが多いと判断した」(同)からだ。

 実際、見学に来たメーカー担当者からは「参考になった」と好評だし、普段は目に付きにくいオムロンの産業機器を知ってもらういい機会にもなっている。工場見学を積極的に受け入れた結果、外部との人材交流も盛んになった。外部に見せても恥ずかしくない現場を作ろうと、そこで働く人たちの間にも適度な緊張感が保たれる。

 積極公開から丸3年が経過し、工場の「見せる化」は綾部事業所の強力な武器に成長した。綾部事業所は現場の作業改善とともに、工場見学の応対業務についても常に改善を続けて、工場の「見せる化」に磨きをかけている。