写真:ガートナーのアリー・ヤング氏(右),山野井聡氏(中央),カシオ・ドレイファス氏(左)
写真:ガートナーのアリー・ヤング氏(右),山野井聡氏(中央),カシオ・ドレイファス氏(左)
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 「今すぐアウトソーシングを中止せよ」。米調査会社ガートナー リサーチのアナリスト,アリー・ヤング リサーチ バイス プレジデントはこのように挑発的なメッセージを発する。その裏にあるのは,間違ったアウトソーシングに対する警告と,戦略的な調達(ソーシング)計画を促す意図である。

 そんなガートナーが提唱するのが,「マルチソーシング」である。マルチソーシングとは,ビジネス上の目標を達成するために,社内外のリソースを最適な形で組み合わせたビジネスやITの活動を指す。ヤング氏を含めたガートナーのアウトソーシング分野のアナリスト3人に,アウトソーシングの現状とマルチソーシングの将来を聞いた。

「無策なアウトソーシング」へのアンチテーゼ

 国内外問わず,IT分野の“無策なアウトソーシング”の弊害が指摘されている。「アウトソーシングすればコストを削減できる」,あるいは「ITは専門のベンダーに任せた方がよい」といった考えからアウトソーシングを進める企業が増えたが,こういった単純な考えに基づく安直なアウトソーシングは,「たいがい失敗の憂き目にあっている」(ヤング氏)。ヤング氏が中止せよ,と訴えているのはこうしたアウトソーシングである。「決して,すべてをインソース(自前)に戻せと言っているわけではない」(同)。

 ガートナーが提唱する「マルチソーシング」はいわば,無策なアウトソーシングに対するアンチテーゼだ。企業のビジネス目標を設定し,目標の達成に必要なリソースを分析。社内にあるリソースを活用しつつ,必要なリソースを外部から調達する活動を指す。マルチという言葉には,社外のリソースだけでなく社内のリソースも等価に扱う,という意味が込められている。ヤング氏は「ビジネス目標を達成するには,企業戦略の視点から,社内・社外のリソースを適切にミックスさせるアプローチが欠かせない」と助言する。

 マルチソーシングは要するに,本来あるべきアウトソーシングのことにほかならない。しかし,これまでのアウトソーシングでは,その企業にとって戦略的な業務は何か,それを満たすリソースはどこにあるのか,といった,本来議論するべきテーマがかき消されていた感があった。わざわざガートナーがアウトソーシングとは異なる言葉を持ち出した理由は,「本来あるべきアウトソーシングの姿をあらためて訴えるには,アウトソーシングとは異なる言葉とその定義が必要だった」(ヤング氏)からだという。

 “旧来型”アウトソーシングの弊害に気付き,一度アウトソーシングしたIT部門を自社に戻した企業も少なくない。その代表例が,米JPモルガン・チェースである。同社は2004年9月に米IBMとのアウトソーシング契約を2年弱で解消し,IBMに転籍していたシステム担当者4000人を,自社員として連れ戻した(「日経コンピュータ」2005年2月21日号特集記事を参照)。

 ガートナーのカシオ・ドレイファス リサーチ バイス プレジデントはJPモルガンのケースを「経営戦略の観点から下した合理的な決断」と評価したうえで,「全面的にインソースに戻すかどうかは,その企業の戦略による」と説く。

 ドレイファス氏によると,英国の大手小売であるセインズバリーは,顧客と密接にかかわる業務領域のITを中心にインソースに戻し,ほかの領域についてはアウトソーシングを続けたという。セインズバリーはビジネス戦略から考えて,素早いITの対応が必要な領域はインソースでやるべきだと判断したわけだ。「その企業にとってインソースに戻すことの意味を考えることが大切」(ドレイファス氏)。

 日本企業の場合,JPモルガンのような過激なインソース化が難しいケースもある。また,ベンダーの資本を入れたシステム子会社のように,そのリソースが“外”なのか“内”なのかを判断しづらい特有な状況もある。ガートナー ジャパンの山野井聡 リサーチ グループ バイス プレジデントは「日本においては,何をどう外部に任せているのかを徹底的に可視化することが第一歩。そのうえで,システム子会社にいるキーパーソンを本社のIT部門に呼び戻すなど,必要なものを少しずつインソースに戻すことが現実的な策となるだろう」と見解を示す。

再び存在意義が問われるCIOとIT部門

 マルチソーシングのあるべき姿を考えた場合,例えば企業は「付加価値が低い業務は外に出す」という決断はもちろん,「企画機能が足りないので外部の企業からアドバイザーとして招へいする」といった策も並行して進めることになるだろう。「そうした外と内のリソースの使い分けを技術的な見地から目利きすることこそ,CIOやIT部門の仕事」(山野井氏)。

 マルチソーシングは企業の戦略を踏まえた経営施策である。だからマルチソーシングを遂行しようとすると,IT部門は必然的に経営戦略に踏み込んでいかざるを得ない。「ますますIT部門の人材に,ビジネス面まで踏み込んだリーダーシップが求められる。インソースかアウトソースかは,経営的な視点から判断すべきだからだ」(ヤング氏)。

 経営メンバーとしてITのあり方に責任を持つCIOの存在も,ますますクローズアップされる。ただ,日本企業にはCIOというべき役職に就いている人材は少ない。ガートナーが2005年に調査した結果によると,従業員2000人以上の企業において,専任のCIOを置いている企業は14.7%という。マルチソーシングを推進するうえでは,こうした「CIO不在」の状況はマイナスに働きかねない。

 一方でヤング氏は,「マルチソーシングはCIOだけの課題ではない」と注意を促す。「CEO,COO,CFOといった経営陣全員が,企業を正しい方向に導くために考えるべき共通のテーマ。米企業もまだこうした認識を持っている企業は多くない。その意味では,日本も米国もマルチソーシングについてはまだこれからだ」(ヤング氏)。

 ヤング氏とドレイファス氏は,4月25日から26日にかけてガートナージャパンが開催した「アウトソーシング サミット 2006」に伴い来日した。