写真上 日本テレコムの安川新一郎インターネット事業部長
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写真下 米シスコシステムズのスティーブン・チョウ シニア・ディレクタ
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 企業ネットワークに欠かせない存在である通信サービスとネットワーク機器。これらを手がける通信事業者と機器メーカーが最近,一見すると違和感のあるメッセージを発し始めている。「ユーザーにネットワークを意識させないサービス」や「IPパケットを運ぶ以上のことに重きを置くネットワーク機器」などだ。言い換えると,通信サービスやネットワーク機器が,コンピュータ・システム内のアプリケーションとの連携強化を進めているのだ。

ネットワークはあって当然,そして「見えなくなる」

 日本テレコムは2006年2月に,ULTINA On Demand Platform「KeyPlat」と呼ぶサービスを開始した。オンデマンドで増減できるサーバーやストレージなどのコンピュータ資源,アプリケーション実行環境,そしてインターネット接続を一体化したサービスである。通信事業者のサービスでありながら,インターネット接続回線料はマネジメント料に含まれており,料金表に顔を出さない。そこに並ぶのはアプリケーションのためのサーバーやストレージの利用料だ。

 日本テレコムの安川新一郎インターネット事業部長(写真上)は,「帯域に対する料金では,もはやビジネスが成立しなくなってきたという懐事情もある。今後は回線の提供だけでなく,プラットフォームやアプリケーションまで通信事業者が面倒を見るソリューション・ビジネスを展開していく」と話す。

 これまで「より速く,より安く」を目指してきた通信事業者のサービスは,ブロードバンドの普及によって,「あって当然の存在」に手が届くところまで来た。そこで今度は,同業他社といかに差異化していくかという課題に突き当たる。日本テレコムが出した解が,ユーザー企業がアプリケーションを実行できる仕組み,あるいはアプリケーションまでも提供することだった。

 IIJの三膳孝通・取締役戦略企画部長は,「そのうちユーザーはネットワークを全く意識しなくなるだろう。ユーザーは目的に対して行動するだけで,どのような仕組みを使っていても関係ない」と予見する。ユーザーは業務を遂行するために意識するのはアプリケーション。ネットワークはアプリケーションが処理のために利用するインフラに過ぎず,ユーザーはその存在を意識しなくなっていく。

 この傾向が進むと,ネットワークにはアプリケーションの動きに自動的に合わせられる機能が求められる。日本テレコムのKeyPlatは,「サービス側のシステムがCPU稼働率を監視しており,必要に応じてCPUやメモリーなどのリソースを増減。それと連動してネットワークの容量も変えられる」(日本テレコムの弓削哲也 CTO兼研究所長)。単にコンピュータとネットワークをセットで提供するだけでなく,両者を有機的に結び付けている。

 こうした料金と仕組みの両面でアプリケーションとネットワークが一体化したサービスは,日本テレコム以外にNTTコミュニケーションズも提供を始める考え。ユーザーがアプリケーションを使うためのサービスを求めれば,それに合ったネットワークが当然のごとく付いてくる。次世代の企業ネットを支える新しい通信サービスの姿に向けて,いくつかの事業者が動き始めた。

ネットワークがつなぐのは「IP」ではなく「アプリ」に

 「異変」はネットワーク機器メーカーの動きにも見える。その最たるものが,企業ネットの新コンセプト,AON(application oriented networking)を打ち出した,業界最大手の米シスコシステムズ。彼らの狙いはアプリケーションの動きに適応するネットワークの実現にあるようだ。

 AON製品のマネジメントとマーケティングを担当するスティーブン・チョウ シニア・ディレクタ(写真下)は「この先20年,我々はアプリケーション(とそれが扱う情報)の接続性を確保することに力を注いでいくことになるだろう」と宣言する。「過去20年,我々はパケットが通過する機器の接続性を確保することに注力してインターネットを作ってきた。その結果,あらゆるデバイスなどが,有線でも無線でもつながるようになった」(同)。そこで今度はアプリケーションについて同じアプローチを取ろうと考えたのだ。

 シスコのジェイシュリー・ウラル上級副社長は企業ネットの将来像について,「アプリケーションが低遅延で通信できるネットワークをきちんと用意する必要がある」と断言。それを実現する方法としてHTTPやSMTP,FTPといったプロトコルを理解し,複雑なアプリケーションについてはURLやXMLの構文などアプリケーションが扱うデータまでも理解する必要があると指摘した。

 IPの世界では,あて先アドレスにパケットをきちんと送り届けられる。しかしアプリケーションを見れば,「通信したいアプリケーションが使っているプロトコルが違っていたり,メッセージの書式が異なることがある」(チョウ シニア・ディレクタ)。こうしたアプリケーションの通信方法や取り扱うデータの書式といった違いを埋めるために,AONはネットワーク側でデータ・フォーマットを変換するなど,これまでコンピュータ・システムが行ってきた処理の一部を担当するという。

 ただシスコだけがこうしたアプローチを押し進めても意味がない。AONがコンピュータ・システムと結びつき,協調して動作することが不可欠だ。今,シスコが共同で開発作業を進めているのが独SAP。「Web Dispatcher」と呼ぶSAPのサーバーに対する負荷分散システムの一部を,シスコのスイッチに搭載できるようにしている。

 ではSAPのシステムの一部を搭載したシスコのスイッチが実現したときに,それはネットワークとコンピュータのどちらなのだろう。その答えは「どちらでもある」。コンピュータとネットワークの融合は着実に進んでいるのだ。

(山崎 洋一=日経コミュニケーション

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