カルロス・ゴーン日産自動車CEO(昨年度の決算会見より)
カルロス・ゴーン日産自動車CEO(昨年度の決算会見より)
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日産自動車のV-upプログラム向けの研修風景(昨年度の研修より)
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 日産自動車は新年度から、独自の業務改革手法「V-upプログラム」を強化した。4月中旬に実施した2006年度初のV-upプログラム向けリーダー研修を、これまでのものとは変更。「プロセスマップ」などの課題分析ツールの使い方に関する研修内容を見直すことによって、社員が自立的に業務の課題を見つけ、適切な改善策を導く力を身に付けやすくした。

 経営再建のめどが立った2001年4月に導入したV-upプログラムは、営業や調達、製造など国内外の日産グループのあらゆる業務の改善に適用できる体系的な手法である。この手法を使いこなすためには、改善チームのリーダーとなる社員が研修を受けることが欠かせない。研修で利用方法を学ぶ「プロセスマップ」は、特定業務のプロセスを細分化し図示することによって、問題の所在など現状を把握しやすくするツールだ。

 V-up推進・支援チームの前原保彦部長は、今回のV-upプログラム強化の狙いをこう語る。「5年間活動を続けてきて、成功体験を積んだ社員が増えた。会社全体に自立的改善の芽ができた手応えを感じる。今までは上司が部内の業務プロセスを見て、どこに課題があるかを分析し、その後で部下にチームを編成させ、改善策を考え出させていた。今後は、現場も自発的に課題を見つけ出し、改善していけるようにしたい」

 社員が明日にでも手をつけられそうな課題を見つけたら、V-upプログラムで使うスキルを活用し、周囲の数人で片づける。そうすれば、全社的な改善のスピードが上がるし、細かな課題まで発掘しやすくなる。これに対し、V-upプログラム手法が規定する手順にきちんと則した改善活動は、もっと時間がかかる。

「学習と成長」を企業文化に育てる


 V-upプログラムの手法には、(1)3~6カ月かけて大きな課題に対する改善策を導き出すのに使う「V-up」、(2)1カ月以内に改善策を考え出す「V-FAST」——の2つがある。リーダー研修もV-up向け(8日間)とV-FAST向け(2日間)に大別される。V-upチームのリーダーを「Vパイロット」、V-FASTチームのリーダーを「ファシリテーター」と呼ぶ。
 
 今回はこのファシリテーター研修を改訂し、プロセスマップに代表される分析ツールを従来以上に臨機応変に使いこなすスキルが身に付く内容に変えた。

 ファシリテーター研修を受講する社員は、直属の上司が任命する。課長になる直前くらいの優秀な社員を選ぶケースが多い。2006年3月末時点でファシリテーター研修を受講した経験のある社員は、日本の日産自動車だけで1000人、国内外のグループ各社まで含めると3020人いる。この1年で1000人以上増えた。十数万人に及ぶ日産グループ社員の2~3%がファシリテーター資格を持つ計算になる。

 1年前の2005年3月末までに実施したV-upによる改善プロジェクトは1093件で、V-FASTによるものは3346件。財務効果は累計で数百億円に及ぶ。V-FASTによる改善案件は2006年3月末までの1年間で、一気に2500件増えた。それだけ活動が根付いてきたということだ。

 V-FAST手法を使った改善活動は原則、次のようなステップを踏む。

 まず、部内の業務に課題を見つけた部門長が、部下の1人をファシリテーターに選ぶ。指名された社員は、課題に対する改善策は何なのかをある程度まで部門長と議論したうえで、2日間の集合研修に臨む。この場で、チームリーダーとして議論を活性化させたりアイデアを整理したりするスキルを教わる。研修2日目の午後には、持参してきた課題を解くために、どんなデータを事前に集めておいて、どんな手順で議論を進めたら効果的かを話し合う。

 研修を終えたファシリテーターは、改善チームに参加してほしいメンバーを平均6~8人くらい選ぶ。同僚だけではなく他部署の社員にも積極的に声をかける。できるだけ効果の大きな改善策を導き出すためには、部門横断的な視点があったほうがいいからだ。ファシリテーターは通常業務やメンバー選びと併行して、チームの討議に必要なデータを集めに走る。

 こうして研修から1~2週間後にチームメンバーを集め、最適だと思える改善策を1日討議して導き出す。討議はファシリテーターが用意しておいたアジェンダに沿って進めるが、予定通り進むのは50%くらい。「だから、改善プロジェクトを2つ経験すれば、ファシリテーターは臨機応変に対応する能力が養われる」(前原部長)。また、改善策を売り上げ増やコスト削減、スピードアップ、品質向上のいずれかに結びつけることを推奨している。

 実は、V-FASTは「ワークアウト」、V-upは「シックスシグマ」といった米ゼネラル・エレクトリック(GE)が導入している2つの業務改善手法にヒントを得たもの。日産自動車は、業績の堅調さと革新的な経営手法で世界的に有名なGEはもちろん、国内外の有力企業の業務改善活動も研究し、独自の味付けをしてV-upプログラムを生み出した。日産がもともと取り組んでいた「TQM(総合的品質管理)」の考え方も取り込んでいる。

 日産がV-upプログラムを開発・導入した究極の狙いは、カルロス・ゴーンCEO(最高経営責任者)がいつまでもあれこれ言わなくても、社員が自ら学習して成長できる会社になること。トヨタ自動車の「継続的な改善」のように、「自発的な学習と成長」を企業文化に育て上げたいわけだ。V-up推進・支援チームは、志賀俊之COO(最高執行責任者)が議長を務める専門の会議体と議論を重ねながら、V-upプログラム自体のさらなる改善を重ねていく。