英国エジンバラ大学 日本・欧州科学技術研究所のマーティン・フランスマン所長
英国エジンバラ大学 日本・欧州科学技術研究所のマーティン・フランスマン所長
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 世界中の通信事業者が次世代IP網の構築を始める中,既存の通信事業者とIP電話や映像など新しいサービスの提供者の間で新たな摩擦が生じ始めている。世界各国の通信事業者や政策に詳しい英国エジンバラ大学日本・欧州科学技術研究所のマーティン・フランスマン所長に,ブロードバンドをはじめとする通信サービスの動向を聞いた。(聞き手は市嶋 洋平)

--日本ではSkypeなどのIP電話やコンテンツ配信事業者による,ネットワーク・インフラへの「ただ乗り」の議論がわき起こっている。

 私自身の見解では,この件でアプリケーションやコンテンツのプロバイダを責めるのは間違いだと思っている。彼らのおかげでさまざまな情報を得ることができるようになったし,インターネットの価値や効用が高まったのではないか。多くのユーザーがインターネットを契約して料金を支払うようになった。
 Skypeなどのアプリケーションやサービスが,ブロードバンドを契約するインセンティブを与えたのだ。通信会社は固定電話の収入が減っている一方で,ブロードバンドでは収入が増えている。

--この問題の根本的な解決方法はないのか。

 問題なのはブロードバンド・サービスの料金体系ではないか。事業者間の競争で定額制となり,料金が下がっていった。しかしSkypeを見て分かるように,アプリケーションはボイスからビデオへと,より帯域を消費する方向に移っている。ネットワークを利用するユーザー自身が支払う方法があるのかなど,きちんと議論すべきだろう。

--英国と世界各国の通信事業の状況について聞きたい。特にブロードバンドの普及度はどうか。

 ブロードバンドを見ると,日本や韓国に比べて米国や欧州が後れを取っている。そして同じ欧州でもフランスやドイツに比べて英国は不十分だった。こうしたことから,英国のユーザーの間では「BTがブロードバンド・サービスの普及にきちんと取り組んでいない」との見方があった。
 もっとも,この状況は改善されてきている。2006年1月にあったBTの回線事業の分離が大きな転機となるだろう。BTの回線インフラの事業を「オープンリーチ」としてグループ内の別事業にし,他の通信会社に回線を公平に提供するようきちんと義務付けた。

--BTは回線事業の分離をすんなりと受け入れたように見える。なぜか。

 BTにも受け入れるメリットがあった。英国の総務省に当たる規制当局の「Ofcom」は,アメとムチの政策を採ったからだ。回線事業をグループ内で分離する代わりに,ネットワークへの投資に対する妥当な見返りを認めたのだ。具体的には,次世代のネットワーク(NGN)の構築のような新たな投資に対して,敷設リスクを十分に考慮した料金設定を認めている。
 競合する事業者も,回線事業をグループ内の別事業部としている現状を歓迎している。従来,競合事業者はBTが回線を支配しており,平等に利用できないとしていた。当局に独占の証拠を提出するなどもしている。
 しかし競争事業者の多くは,回線事業を資本分離してBTとはまったく別の会社とすることを望まなかった。BT内部で混乱が起こったり,資本分離・分割のために1年半など長期間にわたる議論が必要になりそうだったからだ。競争状況を議論する英国政府の委員会に告発することも,同様に時間がかかることなどから望む声が少なかった。