IT教育の見直しを訴えるNTTデータの山下氏
IT教育の見直しを訴えるNTTデータの山下氏
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パネルディスカッションのパネラーたち。左からNTTデータの山下氏,経済産業省の鍛冶氏,新日鉄ソリューションズの大力氏, CSKホールディングスの有賀氏,埼玉大学大学院の神沼氏
パネルディスカッションのパネラーたち。左からNTTデータの山下氏,経済産業省の鍛冶氏,新日鉄ソリューションズの大力氏, CSKホールディングスの有賀氏,埼玉大学大学院の神沼氏
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 最終日を迎えた2月3日のNET&COM2006では,基調講演にNTTデータ・代表取締役副社長 執行役員の山下徹氏が登壇。山下氏は日本経済団体連合会(経団連)・高度情報通信人材育成部の会長を務めている。経団連での議論を踏まえて「IT業界の競争力強化のために急がれる高度人材の育成」と題した講演を行い,「今こそ高度なIT人材の育成のあり方を見直さなければならない」と訴えた。

 「ソフトウエアは,今や日本の産業の“米”と言っても過言ではない」。山下氏は,ソフトウエアの競争力がソフト産業だけではなく,全産業の国際競争力に影響を及ぼしつつあると唱える。顕著な例が組み込みソフトの分野だ。自動車や携帯電話,カーナビなどに見られるように,組み込みソフトウエアの規模が爆発的に増大すると同時に,ソフトの品質が製品の競争力を大きく左右するまでになっている。

 しかし山下氏は,「日本のソフト産業の競争力は決して強いとは言えないのが実情だ」と警鐘を鳴らす。日本は多くのパッケージ・ソフトを輸入する一方で,輸出の割合は極めて小さい。また米国に比べると,日本の企業はITを有効に活用できていないというデータがある。山下氏は,そうした現状に対して,IT教育が応えられていないと指摘する。「産業界のニーズと大学の情報工学教育には大きなギャップがある」。具体的には,プロジェクトマネジメント,モデリング手法,設計手法といったシステム開発の実務に即した教育が欠けているという。

実務に役立つカリキュラムが欠けている

 そこで山下氏は「実務に役立つカリキュラムを用意し,実践的なソフトウエアエンジニアリングやプロジェクトマネジメント教育も盛り込むといった,IT教育の見直しが早急に必要だ」と唱える。実際に山下氏が会長を務める経団連・高度情報通信人材育成部は,産学が連携してそうした教育を行うモデル校の設立を提言した。

 山下氏は講演の最後に,国と産業界が取り組むべき今後の課題として次の7点を挙げた。

(1)産業政策を担う官庁が,より積極的に人材育成に参画,関与する。
(2)初等教育から社会人再教育までを含めた育成体系を確立する。
(3)ソフトウェア工学の研究を推進する。
(4)例えば建築士のような資格制度の導入を検討し,IT人材の社会的な役割と位置づけを明確にする。
(5)IT人材に求められるスキルを定義した「ITスキル標準(ITSS)」,「ETスキル標準(ETSS)」の普及を促進させる。
(6)産業界における協力体制を構築する(各種リソースの提供,インターンシップの受け入れなど)。
(7)米国のシリコンバレーのような産業集積(大学,研究機関,開発センタ,ベンチャー企業など)を実現する。

パネルディスカッションでは立場の違いが明確に

 山下氏の講演に続いて行われたパネルディスカッションでは,経済産業省,ITベンダー,大学の代表者が登壇し,高度IT人材を育成する実践的な方法について討論した。パネリストは山下氏に加えて次の4人。経済産業省からは商務情報政策局 情報処理振興課の鍛冶克彦課長,ITベンダーの代表として新日鉄ソリューションズの大力修常務取締役とCSKホールディングスの有賀貞一取締役,大学の代表として埼玉大学大学院 文化科学研究科 非常勤 学術博士の神沼靖子氏である。司会・進行は日経ITプロフェッショナルの平田昌信副編集長が務めた。

 IT業界で特に求められている人材については,全員がほぼ共通した認識を持っていた。つまり,論理的に物事を考えられる人,業務をシステムに落とし込みシステム全体の設計ができる人,リーダーシップとコミュニケーション能力に長けた人,プロジェクト・マネジャーなどである,ただし,実際にそうした人材を育成する際の問題点や方法については,それぞれの立場の違いが明確に浮かび上がった。

 産業界からは大学に対して,「大学の情報工学は基礎理論に重きを置く半面,実務で役立つスキルを教えられていない」(NTTデータの山下氏),「IT人材の底上げを担うには大学の意識が遅れており,お金と体力も欠けている」(新日鉄ソリューションズの大力氏)という指摘があった。これに対して,埼玉大学大学院の神沼氏は「大学の改革には,どうしても時間がかかる。だが,大学は自覚し,徐々に意識が高まっている段階だ」と説明した。

 ディスカッションでは産業界の反省すべき点も挙げられた。例えば大学で実務に即したカリキュラムを組んでも,教える人間を企業から派遣できていないという問題がある。「企業の中に大学で教えられる人がどれだけいるか疑問だ。仕事をする能力と,知識やノウハウを体系化して人に教える能力は別のものだからだ」(有賀氏)。いかに優秀なエンジニアでも,自分の体験を体系化して人に教えられるスキルを備えている人材は少ないのが実情である。

 経済産業省の鍛冶氏は,IT人材の育成は国を挙げて取り組むべき重要課題として認識しており,今後は経済産業省,文部科学省,総務省といった垣根を越えて施策を打ち立てていく方針であることを強調した。ただし,「建築士のように,資格がなければ仕事ができないような,国家的な制度が必要なのではないか」という産業界の問いかけには,「ビジネスを免許制にしても,システム・トラブルは起こり得る」と慎重な姿勢を示した。