家の鉄骨に電流を流し,鉄骨の周囲に発生した電磁場を介して通信する---。金属などの導体と空中が伝送路になるというちょっと変わったこの通信技術がある。その名を「エバネセント通信」という。
導体に直接触れなくても通信できるのは,電流を流したときに導体の近傍にできる電磁場を使うためだ。この電磁場は鉄骨から離れるに従って大きく減衰するものの位相は変わらないという特徴があり,エバネセント波と呼ばれる。エバネセント波の存在は知られていたが,通信に使えるものとは考えられていなかった。
エバネセント通信の特許はココモ・エムビー・コミュニケーションズが持っている。もともと米Lockheed Missiles and Space社のエンジニアが立ち上げた米Deskin Research Groupが商用向けに開発した技術で,ココモ・エムビー・コミュニケーションズが特許を買い取った。欧米と中国では成立しているが,日本では出願中だ。
同社は2003年に実験局の免許を取得し,2005年にはPCカード型の無線機を開発するなど実用化に向けて動いている。2005年9月から,総務省の委託を受けARIB(電波産業会)が技術調査を始めた。このほど来日した開発者の一人で,現在ココモ・エムビー・コミュニケーションズの技術顧問を務めるRobert W. Haight氏にエバネセント通信の特徴や使い方について聞いた。
Q. エバネセント通信の概要とメリットを教えてほしい。
IEEE802.11a/b/gなどの無線LANはアンテナで電波を遠くに飛ばすが,エバネセント通信の場合は建物を構成する鉄骨から染み出す電磁場(エバネセント波)を用いる。
通信するには,建物の鉄骨に高周波電流を注入するエキサイタと呼ぶ装置を使って電流を流し,専用の無線機を使ってエバネセント波を受ける。どの部屋にいても鉄骨に囲まれているため通信できる。つまり,ビル内や車など金属の構造物の内部で使える通信技術だ。
エバネセント通信のメリットは,(1)無線LANで問題となる障害物の反射によって通信できないといったことがない,(2)急激に減衰するため建物外ではデータを傍受できない(セキュリティが高い),(3)装置の取り付けが簡単で装置を安価に作れる,ことだ。
Q. このような通信方法を開発したきっかけは?
開発したのは1998年。基本的な原理は共同開発者であるGeorge G. Chadwick氏が発明した。彼はアンテナの研究をしており,屋内通信ではGHz帯といった高い周波数帯を使うのが普通だが,屋内でも超短波や短波などのMHz帯で通信できないかと考えた。ところがこれらの周波数帯を使うとなると,家では収まりきらないような大きなアンテナが必要になる。そこで家の鉄骨をアンテナとして見立てれば,通信できると考えたことがきっかけになった。
Q. この技術の要はエキサイタという装置のようだが,郵便ポスト程度の高さがあり,ずいぶん変わった形をしている。なぜか?
エキサイタは十数MHz幅の広い帯域に渡って電流を注入するように試行錯誤を重ね,上部が半球のこのような形になった。広い帯域を使う場合エキサイタは大きくなるが,帯域を狭くすれば小型化できる。
Q. どのような使い方が考えられるのか?
パソコン間の通信やセキュリティを確保したい通信,動画などエンタテイメント・コンテンツの配信,建物内の緊急通信などが考えられる。エバネセント通信は,ネットワーク内にクライアントが複数あるときは,エキサイタにつないだ1台がサーバーとなって各クライアントと時分割で交互に通信するため,サーバーからクライアントへデータを配信するような使い方が適すると思っている。ただし,いつ使えるものになるのかははっきりとは分からない。