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 東京大学の坂村健教授は「TRONSHOW2006」初日の12月14日、「ユビキタス始動! 」と題した基調講演を行った。「ユビキタス・コンピューティングはいま、インターネットの黎明期と同じ段階にある。そんないまだからこそ、多数の人や組織が加わり、実験を繰り返しながら、可能性や課題を発見し議論することが大切だ。可能性や課題をオープンにしていくことで、ユビキタス・コンピューティングはより確かなものになる」と坂村教授は力説。聴衆にユビキタス・コンピューティングの実現に向けて協力を呼びかけた。講演の要旨をレポートする。(高下 義弘=ITPro)

ユビキタスの「インフラ」を作る


 私はいろいろな組織の協力を得ながら、日本各地で無線ICタグや携帯情報端末を使った実証実験を積み重ねている。例えば食品トレーサビリティや医薬品の管理、障害者・高齢者の歩行を支援する実験(自律移動支援プロジェクト:参考記事)といったものだ。

 大事なことは、それぞれの見かけは違えども、基本的に同じシステムを使っていること。モノや場所に無線ICタグや小さいコンピュータを埋め込み、区別するための仕組みである。モノや場所を区別することを私は「コンテクスト・アウェアネス(状況認識)」を表現している(参考記事)。

 私はユビキタス・コンピューティングの“インフラ”を作っている。一つのインフラを用意し、多角的に展開できることがポイントだ。インフラという考え方にこだわる理由は何か。同じシステムをインフラとして使うことで、コストが下がるうえに、相乗効果も見込めるからである。

 例えば障害者・高齢者の歩行を支援する仕組みは、道路や壁に埋め込むICチップに店舗や観光の情報を入れることで、観光案内システムとしても活用できる。多様な目的に使うことで、構築・運用コストを低減できる。つまりインフラとして活用する人が増えれば増えるほど、メリットが大きくなるわけだ。

インフラの「uID」を世界に


 そのインフラというのが、私が提案する「uID」アーキテクチャだ。これは世の中に一つしかない識別番号「ucode」を発行し管理する仕組みである。ucodeは128ビットの長さがある。つまり、毎日1兆個のモノや場所に新しくucodeを付与し、それを1兆年続けても尽きることがない。一つしかない識別番号を振ることで、コンテクスト・アウェアネスを実現できる。

 大事なことは、ucodeは「意味コード」ではないこと。つまり、uIDはモノや場所を区別する番号であるucodeしか管理しない。ユーザーがモノや場所の意味情報を知りたいときには、uIDの仕組みを使って、別の場所に記録されている意味情報を引き出す。例えて言うなら、ucodeはモノや場所に個別に振った電話番号。uIDの仕組みは、利用者の代わりに“電話”をかけて、別の人が知っている中身の情報を回答するといった具合である。

 uIDはしばしば(ICタグ関連技術の標準化団体である)EPCグローバルのコード体系と比較されるが、そもそも目的が違うし中身も違う。uIDはモノや場所を区別することに主眼を置いているのに対して、EPCグローバルは無線ICタグを使って物流や商品管理を効率化するためのものという違いがある。

 uIDで定めている決めごとは基本的に、「ucodeを使いましょう」ということにすぎない。しかしEPCグローバルのコード体系では、国や会社、商品を区別するための意味コードを含めて決めている。特定の業界内で使うコード体系を作るのにも大変な労力や時間がかかっているのを見ていると、EPCグローバルのアプローチは非常に難しいというのが私の見解だ。

 EPCグローバルは無線ICタグの種類を指定しているが、uIDは無線ICタグの種類を限定していないし、バーコードでもよい。要するにucodeが入れば何でも良い。だからuIDはEPCグローバルを否定しない。連携は可能だ。

ユビキタス推進の目的は「最適制御」


 私がuIDという仕組みを通してユビキタス・コンピューティングを推進している理由は、社会の「最適制御」を実現したいからだ。社会の効率性と多様性を両立する手段として、uIDを広めたい。

 食品や医薬品トレーサビリティ・システムで安全な生活を確保する。歩行者ナビゲーション・システムで障害者や高齢者も安全に出歩ける街にする。サプライチェーン管理や物品管理システムにも適用し、効率を高める。このように多様な目的の達成を、uIDという一つのインフラで支援できる。

 一つのインフラを使うことは、相乗効果を生むことにもつながる。例えば食品のシステムと医薬品のシステムを相互につなげて、食品や医薬品の食べ合わせを同時にチェックすることで、生活の安全性をより高めることも狙える。

 いま日本は世界でも例のない少子高齢化社会を迎えようとしている。そんな社会にこそ、効率を高めるユビキタス・コンピューティングが役に立つ。uID、ひいてはユビキタス・コンピューティングは、「安全・安心」のための技術基盤でもある。

オープンな仕組みでみんなが利用


 uIDをみんなが使うことでコストは下がり、新しい価値が生まれる。uIDはユニバーサルでオープンな仕組みだ。

 いまユビキタス・コンピューティングと称していろいろなところで無線ICタグの利用が始まっているが、たいていは特定の組織や場所に閉じている。これではインフラにはなり得ない。そのためいつまで経ってもコストは下がらず、効率も高まらない。

 uIDは何に使っても良い、開かれたインフラだ。ボランティアははもちろん商業活動にも利用できる。工場における製造管理、物流現場における荷物の管理、店舗における商品管理など、異なる目的にもuIDという一つの仕組みを適用できる。uIDを組織を越え、会社を越え、国を越えて連携する手がかりにしてほしい。

技術だけでは限界がある


 実は最適制御や安全・安心を実現するためには、技術だけでは解決できない課題がある。個人情報の漏洩、不正、その他いろいろな問題を解決するためには、法律や社会の仕組みを同時並行で整備することが必要だ。

 国内や海外でユビキタス・コンピューティングの実証実験をたくさん実施している理由はここにある。多様な実証実験を通して、問題を洗い出したいのだ。

 いろんな人や組織に、ユビキタス・コンピューティングの議論に加わってほしい。いまユビキタス・コンピューティングは黎明期。インターネットの世界で言う1992年ころに当たるのだろうか。インターネットの普及状況を見ると、ユビキタス・コンピューティングが普及するにはあと10年から15年かかる。その間に、課題を洗い出し、布石を打つ必要がある。

 uID、ひいてはユビキタス・コンピューティングを、新しいインフラとして日本から世界へ発信していきたい。

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