ICタグ入りの点字ブロックを掲げる坂村健教授
ICタグ入りの点字ブロックを掲げる坂村健教授
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 「中世に眼鏡が発明されたことで,視力低下に悩む多くの人々が行動の制約から解放され,それまでの障害者が健常者と認識されるようになった。ICタグなどのユビキタス技術には,次の“眼鏡”を産み出す力がある」。東京大学の坂村健教授は,2005年12月10日に開催された「TRONイネーブルウェアシンポジウム2006」の講演で,ユビキタス技術が果たす社会的役割について熱弁を振るった。

 坂村氏は講演の冒頭で,1988年に障害者向けIT機器のデザイン・ガイドラインを策定して以来,障害者や高齢者支援の分野に取り組んできた経緯を紹介した。今年度は,ICタグや赤外線発信機とPDA(携帯情報端末)を組み合わせた歩行者ナビゲーションの実証実験「自律移動支援プロジェクト」を兵庫県神戸市のほか東京都,愛知県などで実施している。一連のプロジェクトを通じて,視覚障害者などが他人の介助を受けずに生活しやすい街の実現を目指す。

 「障害者や高齢者に配慮した建物や道路が増えている。しかし,こうしたハードの整備が進む一方で,情報の整備はまだ不十分だ」(坂村氏)。障害者用のエレベータやトイレが整備されても,その施設がどこにあるかを示す案内がないなど,ユーザーの立場から見ると不親切な施設が目立つという。自律移動支援プロジェクトでは,電動車イス用のナビゲーション装置や,地面に埋め込まれたICタグの情報を読み取る白杖(はくじょう)などを開発するとともに,対応する地図コンテンツの記録形式や表示方法を検討している。

 坂村氏は,こうした社会の実現に向けて,法律や制度の整備が重要であることを強調した。米国でベトナム戦争による傷病兵の社会復帰を目的として障害者支援法制が整備され,官公庁や大企業サイトでのWebアクセシビリティ確保や,テレビ受像機へのクローズド・キャプション(字幕)表示機能の搭載が進んだ経緯を紹介した。自律移動支援プロジェクトでは,実証実験で集めたユーザーの声を基に,国土交通省などが来年度以降の国会提出を目指している「ユニバーサルデザイン基本法(仮称)」の内容の策定に貢献していく考えを示した。

 システムを普及させるためのポイントとして,坂村氏は「ユニバーサル・デザイン」を意識することの大切さを強調した。つまり,「障害者や高齢者だけのためだけではなく,すべてのユーザーに使いやすい設計を採用することで,1人当たりのコストを小さくすることが重要」(同)という考えだ。このために,街角に設置したICタグや赤外線発信機から観光施設やレストランの情報を発信したり,災害時の住民誘導に利用するといった,福祉分野以外の用途開拓も進めている。

 シンポジウムでは,歩行者ナビゲーションの実現に向けた企業側の取り組みも紹介された。

 ゼンリンは東京の都心部と全国の政令指定都市について歩行者用の地図を整備済みで,現在は子会社のゼンリンデータコムを通じて携帯電話向けの地図サービスを展開している。同社は来年度以降,これの地図データベースに障害者向けの道路情報を追加していく。自律移動支援プロジェクトで集められたユーザーの声を参考に,交差点,歩道橋といった場所で正確にナビゲーションができるように,緯度経度情報と音声ガイド用の文字情報を整備する。

 凸版印刷は,上記プロジェクトに採用されている2種類のICタグ入り点字ブロックを紹介した。通常のブロック素材で作ったものと,建物の床に敷くことを想定してゴム・シートで作った薄型のものがある。さらに,開発中の白杖を披露した。足元のICタグの情報を読み取り,Bluetoothを使ってディスプレイ部に情報を送信,表示できる。このほか,NTTコムウェアはGPSやICタグを組み合わせた屋内ナビゲーション・システムを,パスコは視覚障害者に使えるPDA向け歩行者ナビゲーション・ソフトを紹介した。

 このシンポジウムは,2005年12月14日から16日までの3日間開催される,組み込みソフトやICタグの展示会「TRONSHOW2006」に先立って開催されたイベント。坂村教授が率いるトロンイネーブルウェア研究会などが主催した。

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