写真1●二宮町役場。職員の机の上のパソコンがLinuxに置き換わる
写真1●二宮町役場。職員の机の上のパソコンがLinuxに置き換わる
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写真2●町名の由来になった二宮尊徳の銅像
写真2●町名の由来になった二宮尊徳の銅像
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写真3●二宮町の財政推計。現状のままでは平成20年(2008年)には赤字になる。<a href="http://www.nim-net.jp/gyoukaku2/slide/pp11.htm" target="_blank">同町の資料</a>より転載
写真3●二宮町の財政推計。現状のままでは平成20年(2008年)には赤字になる。<a href="http://www.nim-net.jp/gyoukaku2/slide/pp11.htm" target="_blank">同町の資料</a>より転載
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写真4●CentOSなどのLinuxを搭載したサーバーと,総務企画課情報管理室長 海老原慎一氏
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写真4●オープンソースのコミュニティ・サイト構築ツールXOOPS Cubesを利用した「まちづくりご意見箱」
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 「ITにかかる費用を少しでも節約して,学校のサッシの修理に,公園の砂場の消毒に,住民サービスに回したい」(総務企画課情報管理室長 海老原慎一氏)---栃木県芳賀郡二宮町は,町役場のパソコン約140台をLinuxに移行するという前例のない試みに挑戦する。

行財政緊急改革実践プラン

 二宮町は,栃木県東南に位置する人口約1万7000人の町。町名はあの二宮尊徳に由来する。尊徳が復興に尽力した地である。いちご「とちおとめ」でも知られ,いちごの年間収穫量約4800トンと日本一を誇る。

 町は今,行財政改革の真っ只中にある。同町が実行中の「行財政緊急改革実践プラン」は,5年間で人件費,物件費,維持補修費及び投資的経費の30%削減を目標としており,職員数も10%削減する。財政再建は多くの自治体が抱える共通の課題だ。二宮町も人口の減少や高齢化に悩む。さらに昨年,近隣自治体との合併構想が破談になったことで財政の見通しは厳しさを増した。同町によれば,このままでは平成20年度には赤字に転落する。改革は急務だ。「町税収入が約13億4000万円,一般会計が50億円あまりの町で,年間約1億円をITに費やしている。あらゆる手段でITコストを下げる」(海老原氏)

 またこれも多くの自治体同様,二宮町のパソコンも老朽化が進んでいる。全体の3分の1をWindows 98を搭載したマシンが占める。しかし新規のパソコンを導入する予算もままならない。

 そんなときに,同町の総務企画課情報管理室長 海老原氏の目に飛び込んできたのが,IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)のホームページに掲載された「自治体におけるオープンソースソフトウェア活用に向けての導入実証」だった。経済産業省が,オープンソース・デスクトップの実用性を探るため自治体にLinuxデスクトップを導入するという事業である(関連記事)。経済産業省の費用で,最新のパソコンを導入できる。

すでにWebやメール,ファイル・サーバーでLinuxを活用

 実は二宮町では,Linuxをサーバーとしてすでに使用していた。

 1998年にRed Hat 6.2をDNSサーバーとして導入したのが最初だった。現在ではWeb/メール・サーバー,サイボウズのサーバー,プロキシ・サーバー,Sambaファイル・サーバーとしてLinuxを使用している。掲示板「まちづくりご意見箱」はオープンソースのコミュニティ・サイト開発ツールXOOPS Cubeを利用している。ファイル・サーバーをSambaにしたことで,CAL(クライアント・アクセス・ライセンス)の費用を削減できた。約6000円×140クライアントの節約になる。Red Hat Enterprise Linuxに加え,そのフリーのクローンであるCentOSも活用している。さらにシステム管理は海老原氏が行っており,外注すれば年間数百万円になると推定されるコストを節約している。

 しかし,サーバーで活用しているとはいえ,デスクトップとなると,さほどパソコンに詳しくない一般の職員が使うことになる。二宮町でできるだろうか。海老原氏は,職員にアンケートをとってみた。結果は,約7割の職員がメールとWebブラウザ,WordとExcelのファイルさえ使用できればかまわないというものだった。これならLinuxでもできそうだ。

 「実験台になって,住民サービスが滞るおそれはないのか」---そんな不安もあった。しかし最終的に町長である藤田忠義氏の言葉が結論になった。

 「住民のためになるなら,やってみろ」

 二宮町ではNECとともに、IPAの公募に応募した。そして11月。14自治体の中か ら採択された4件の一つとなった。

他の自治体と共有できる成果を生み出したい

 「二宮町だけでなく,近隣など他の自治体と共有できる成果を作りたい」---これが同町の願いだ。

 役場内には,職員がメールや表計算などで使用する事務用パソコンと,税務や住基ネットなどの端末として使用しているパソコンの2種類がある。今回導入実験の対象となるのは,前者の事務用パソコンだ。これから,職員全員にLinuxデスクトップを操作するための教育が行われ,各職員の机に,現在使用しているWindowsパソコンに替えてLinuxパソコンが配布される。

 IPAからの支援がなくとも,デスクトップでオープンソース・ソフトウエアを使うメリットはあるのではないかと海老原氏は考えている。「パソコンなんて,6万円で買えると新聞広告に出てるじゃないか。実験台になる必要があるのか」---庁議ではこんな意見も出た。しかし,新聞広告のパソコンも実際に役場で使用するにはMicrosoft OfficeやメモリーWindows XP Professionalを追加せねばならず,これらを加えると価格は8万円アップする。OpenOffice.orgなどを使うことでコストを削減できる。

 今回,自治体のオープンソースデスクトップ導入実験には二宮町のほか,北海道札幌市,沖縄県浦添市,大分県津久見市が採択されたが,「役場全体をLinuxデスクトップにリプレース」という試みは二宮町だけだ。もちろん日本でも初めての取り組みだろう。

 最も大きな課題になると見られているのが,国などとやりとするWord,Excelファイルだ。Linux上のOpenOffice.orgで読み書きできるが,レイアウトの崩れやマクロが動かない,といった問題が起きるおそれもある。そのため,各課に1台程度のWindowsパソコンを残す,またはWindows Terminal Server機能をLinuxから使用できるようにする予定だ。

 このほかにも,多くの問題が出てくる可能性がある。果たしてうまくいくかどうかもわからない。

 ただし確実に言えるのは,この取り組みから,官公庁だけでなく企業にとっても有用な経験とノウハウが得られるであろうことだ。IT Proではこの実証実験の過程をその進捗とともにレポートしていく。