写真1 10月20日の決算発表でGyaOを熱く語るUSENの宇野社長
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写真2 GyaOのトップページ。画像は9月時点のもの
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 USENの無料インターネット放送「GyaO」(ギャオ)が,脅威的なペースで登録者数を増やしている。2005年4月25日のサービス開始からわずか半年だが,10月26日現在で326万。2日で10万のペースで増加し続けている。

 TBSの株式買収で話題になっている楽天の三木谷浩史社長も,10月26日の記者会見で「放送に以前から興味を持っていたわけではない。2005年はGyaOの出現によって,インターネットとテレビの距離がすごく近づいたという印象だ」とコメントしている。

 GyaOは広告収入モデルによるインターネット放送だ。名前とメール・アドレス,郵便番号など入力し会員登録をすれば,誰でも無料で楽しめる。NTTグループやソフトバンクが現在提供中の放送サービスとは異なり,接続回線の種類やプロバイダを問わないのも特徴だ。コンテンツは日増しに充実してきた。映画,ドラマ,スポーツ,ニュース,音楽,アニメなど幅広い。

 10月20日の決算発表で,今期のGyaOの収支はコンテンツ調達費とシステム投資がかさみ,40億円の赤字だったことが明らかになった。当初,USENの宇野康秀社長は,広告料収入に合わせてコンテンツを調達するため赤字にはならないと説明していた。だが実際には,コンテンツ調達費を広告収入以上にかけた。「登録者数の増加が順調なので勝負に出る年と判断した」(宇野社長)という。また,「広告営業を開始してから出稿までのタイムラグを読んでいなかったことも赤字の要因になった」(宇野社長)と釈明した。

 とはいうものの,短期間で300万超の登録者を集めたGyaOは,通信と放送の融合では頭ひとつ抜き出たサービスといって間違いない。

インフラ事業者からコンテンツ・プロバイダへの変貌

 USENといえば,2001年3月にNTT東西地域会社よりも先行して国内で初の商用FTTHサービスを始めた事業者(当時の社名は有線ブロードネットワークス)。都市部のマンションを中心に営業力を発揮。現在でも,NTTグループが一丸となって攻め込むFTTH市場全体で約10%,マンション向けでは20%強のシェアを押さえている。

 だが,2004年末から徐々に方針を転換。コンテンツ・ホルダーのエイベックスとギャガ・コミュニケーションズを傘下に納めた。宇野社長は2004年10月の決算説明会で,インフラ事業からコンテンツ事業へ軸足を移すことを明言。さらに今春から業態変革の動きはより明確になってきた。10月20日の決算発表で宇野社長は,“GyaOを中核とした「Media Contents Company」へのシナリオ”と題したプレゼンテーションを展開。発表時間の大半を割くほどの力の入れようだった。

 GyaO事業本部の菊地頼・編成局長は,「有線放送に始まったUSENのDNAはインフラ事業とコンテンツ事業を融合してこそ生きる。有線放送では自らの手で引いた同軸ケーブル上でサービスを展開した。だが今回は,自ら全国でFTTHを提供すること自体が厳しい」と説明する。

 実際,USENは10月14日にNTT東日本のBフレッツの申し込みや料金請求などを一括して行なう「USEN 光 with フレッツ」を11月1日から提供開始すると発表している。「全ブロードバンドの35%を押さえるNTTグループと手を結ぶことでGyaOの配信環境が整う」(宇野社長)。視聴可能世帯を一足飛びに増やすことで,GyaOの収益向上を急ぐ。

広告市場を狙う新型“放送局”モデル

 NTTグループやソフトバンク,KDDIなど大手通信事業者が提供している放送サービスは,いずれも回線からコンテンツまで含めて提供する垂直統合型。ユーザーから徴収する月額料金などで収益を上げる。

 GyaOが狙っているのは,放送局(民放)と同じ広告モデル。菊地局長は,「インターネット広告の売上高がラジオ広告を超えた。AV機器の進化によるCMスキップやAVパソコンの浸透でテレビの視聴習慣も変わりつつある。巨大な広告市場をネットでも狙える」とよむ。広告市場は年間6兆円,付随する販売促進費は広告費を上回る13兆円もの規模がある。菊地局長は,「ネット環境とコンテンツがあれば誰でも放送局になれる。必ず誰かやる。ならば1番にと考えた」とサービス開始当時の思いを語った。

 こうした発想が自社コンテンツの提供につながっている。「広告クライアントは放送局のブランドを評価して広告を出稿する。GyaOが自社コンテンツを増やし,当社なりのカラーを打ち出していくのは当然のこと」(菊地局長)。USENでは10月から自社制作のバラエティ番組を投入。11月1日から自主制作ドラマも放映する。「来春にはデイリーのスポーツ番組やビジネス・ニュース番組を制作する計画もある」(菊地局長)という。

事業性は不透明,それでも放送局からは「脅威」の声

 ある通信事業者幹部は,「自社コンテンツの制作強化はコンテンツの調達費用が追いつかないからでは」と冷ややかに見る。また,「登録者数が伸びるのは無料だから当然。休眠ユーザーも多いのではないか」という声も業界からは漏れてくる。事実,今回の決算を見ても事業性があると判断するのは難しい。

 それでも民放はGyaOの躍進が気になるようだ。一つは広告。GyaOは登録者の性別や郵便番号,世帯情報などを保有する。番組ごとに視聴者の傾向が分かれば,広告クライアントにアピールしやすくなる。11月から試験的にセグメント広告を開始する予定である。将来的には,「視聴者別に地域ごとの広告を打つことも可能だ」(菊地局長)。

 現時点でのGyaOの広告収入は,サービス開始からの半年で数億円程度。放送局と比べるとスズメの涙といえよう。だがGyaOの登録者数は「この増加ペースならサービス開始14カ月で1000万を突破する」(USEN)。登録者のボリュームが大きくなれば,広告媒体として無視できない存在になってくる。無料だからこそ急激な勢いで伸ばしてきた登録者数だが,そのうち約4割は休眠ユーザー。だからこそ,「登録者数を伸ばすのはもちろんだが総視聴時間を伸ばす努力をする」(宇野社長)方針だ。

 もう一点は人材面。ある放送局幹部は「ネット業界への人材の流出が心配」と打ち明ける。フジテレビとライブドアの騒動以降,放送局に対して保守的なイメージが付いてしまったのではないかと危ぐする。「クリエイターにとっては給与だけでなくステイタスや視聴者へのリーチが重要。ネット事業に勢いや将来性を感じれば,優秀な人材が放送局で採れなくなってしまう」(放送局幹部)という。

 実際,GayOの制作スタッフには元放送関係者が多い。現在も中途採用を実施しているが,新スタッフも元テレビ番組の制作スタッフなどが多いと聞く。魅力的なコンテンツを作れる人材が,ネット業界に流れ込めばインターネット放送のパワーはさらに大きくなるはずだ。

ソフトバンクがGyaO対抗サービスを投入

 GyaOの躍進に通信事業者も動きが出始めた。ソフトバンクは10月20日に新サービス「TV.Bank」の実証試験を始めると発表した。孫正義社長自ら,コンテンツ提供の要請などに出向いているようだ。

 ソフトバンクは既に,テレビにセットトップ・ボックスをつないで視聴する放送サービス「BBTV」を展開している。こちらは同社の回線とセットで提供する垂直統合型サービス。だが,ソフトバンクが回線を問わない水平型サービスも投入するというのは,GyaOのビジネスモデルが無視できない存在になったということだろう。さらなるサービス拡大に注目だ。

(山根 小雪=日経コミュニケーション

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