9月に打ち上げに成功した日本の新型ロケット「イプシロン」。その真髄は、ITをフル活用してコストを劇的に削減したことにある。システムの設定ミスによる打ち上げ延期の経緯や原因も含め、ITで完全武装したイプシロンの全貌を紹介する。

(編集委員 木村 岳史)


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 「すごい!」。9月14日14時、轟音とともに上昇するロケットに、全国から詰め掛けた2万人の見物人から大歓声が上がった。「イプシロンロケット」が鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた瞬間だ。打ち上げ中止でため息と落胆に包まれた8月27日とは打って変わり、町中がお祭り騒ぎとなった。打ち上げから1時間後、イプシロンは搭載していた惑星観測衛星を予定軌道に投入し、打ち上げは成功した。

 イプシロンは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)がIHIエアロスペースとともに開発を進めてきた新型ロケットだ。1.2トンの人工衛星を軌道に乗せることができる小型ロケットだが、従来のロケットとは全く異なる発想で開発された。それは、ITをフル活用し1カ月以上かかっていた打ち上げに要する期間を1週間に短縮するなど、打ち上げ作業の徹底的な効率化が図られていることだ。

 イプシロンロケット プロジェクトマネージャを務めるJAXAの森田泰弘教授は、そのコンセプトを「モバイル管制」と表現する。「巨大な管制室をノートPCに置き換える」(森田教授)ことで、効率化を図るだけでなく、どこからでも打ち上げ管制を行えるようにしたという意味だ。その実現のために、ロケットが“情報端末”と言えるほどITの塊となった。

 ただ、システムの設定ミスから8月27日の予期せぬトラブルを招く。このとき打ち上げ中止に至った原因も含め、イプシロンを支えるITの全貌を徹底解説する。

7日間で打ち上げ可能に

 日本には現在、大型ロケットのH-IIAとH-IIBがあり、打ち上げではそれぞれ22回(1回は失敗)、4回の実績がある。液体燃料を使うこれらのロケットに対し、イプシロンは固体燃料を使う()。探査機「はやぶさ」を小惑星「イトカワ」に送り出したM-V(ミュー・ファイブ)の後継ロケットである。

図●「H-IIBロケット」と「イプシロンロケット」の比較
図●「H-IIBロケット」と「イプシロンロケット」の比較
現在運用しているH-IIAロケットやH-IIBロケットが液体燃料を使う大型ロケットであるのに対して、イプシロンロケットは固体燃料を使う小型ロケット。1段目にはH-IIA、H-IIB用の補助ブースターを転用している

 実は、イプシロンの機体は既存のロケットの部品や技術の“寄せ集め”である。例えば1段目のエンジンは、H-IIAとH-IIBの補助ブースターを転用したもので、2段目、3段目のエンジンにはM-Vの3段目のエンジンに使われた技術を採用している。

 これには理由がある。今回打ち上げたイプシロンは「試験機」の位置付け。試験機の開発では予算の制約もあり、ITを活用したモバイル管制など打ち上げの新たな仕組み作りに注力した。

 今までの打ち上げで実証済みの“枯れた技術”を採用することで、開発期間の短縮やリスクの抑制を図る意味もある。そして今後、試験機の2号機、3号機などを打ち上げるなかで、機体の抜本的コスト削減に取り組み、2017年度をメドに商用利用も可能な次期イプシロンの開発を進める段取りだ。

 モバイル管制などの導入により、試験機では打ち上げ作業を徹底的に効率化した。例えば打ち上げ管制は、実質的にノートPCだけで行えるようになった。管制室内の要員数は基本的にM-Vの10分の1だ。

 初号機では実現できなかったが、本来なら発射台にロケットを設置してから後片付けまでわずか7日で済む。M-Vでは42日かかっていた。こうした期間短縮の効果はコスト削減だけではない。「1カ月以上かかるようでは年間10機以上打ち上げられないが、1週間なら30機以上を打ち上げられる」(森田教授)。


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