JR東日本は2013年9月、Suica乗降履歴データの販売を当面見合わせると発表した。利用者から「勝手に売るな」「気持ち悪い」など批判を浴びる同社の様子を見て、「パーソナルデータ」の利活用に及び腰になる企業は少なくない。

 実は、JR東日本がそこまで批判を受けたのは、手続き上明らかな失策があったからだ。そこを改善できれば、サービス復活の可能性は十分にある。

 販売履歴や位置情報、閲覧履歴といった個人に関わる情報であるパーソナルデータは、サービスの質を高め、新たなサービスを生み出す宝の山だ。JR東日本の誤算、先行企業のプライバシーに対する配慮を多角的に分析することで、パーソナルデータ利活用の6つの勘所が見えてきた。

(浅川 直輝)

◆Suica履歴販売の失策
◆個人情報とは、匿名化とは何か
◆先行5社の「プライバシー通信簿」


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Suica履歴販売の失策

 「正直、なぜJR東日本がSuica履歴の件であそこまで批判を受けたのか、よく分からないんですよ」。今回の取材に応じたある企業の担当者は、困惑げに語った。「我々もパーソナルデータ(個人に関わる情報)を利活用しているが、いつかSuicaのように『炎上』してしまうのか…」。

 JR東日本が、交通系ICカード「Suica」の乗降履歴を日立製作所に販売し、利用者やマスコミから大きな反発を受けたことが、ユーザー企業の間に波紋を広げている()。JR東日本は、9月初頭に設置した有識者会議の結論が出るまでは、販売を中止する考えだ。

図●Twitterのツイート数に見る、Suica乗降履歴販売の「炎上」の経緯<br>「利用者に事前の告知なし」の報道を機に、憤りのツイートが多数寄せられた
図●Twitterのツイート数に見る、Suica乗降履歴販売の「炎上」の経緯
「利用者に事前の告知なし」の報道を機に、憤りのツイートが多数寄せられた
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 JR東日本が販売した乗降履歴データは、氏名や電話番号など個人を識別する情報を取り除き、カードのID(SuicaID)も別の仮名IDに変換したものだ。だが、それでも利用者の拒否反応は強かった。本人からの求めでデータの販売、譲渡を停止できる「オプトアウト」の窓口には、10月初頭の時点で販売拒否の要望が約5万5000件寄せられた。約4300万というSuicaIDの総数と比べると少ないが、無視はできない数字だ。

 だが、この騒動をもって「パーソナルデータの利活用はリスクが読めない」と考えるのは早計だ。

 パーソナルデータのリスクは十分に管理可能である。JR東日本のSuica履歴販売には、明らかに手続き上の誤りがあり、それは回避可能なものだった。実際、トヨタ自動車、NTTドコモ、ソニーなど、プライバシー保護とパーソナルデータの利活用を両立したモデルを確立できた企業もある。

 では、なぜSuica履歴販売は批判を浴びたのか。6つの要因を検証する。

「事前説明なし」で批判浴びる

 最初に挙げる2つの要因は、利用者、プライバシー専門家、マスコミのいずれもが厳しく批判し、後にJR東日本が改善策を講じたもの。今回の騒動の原因となった同社の明らかな失策である。

 第1の要因は、Suica履歴の販売について、JR東日本が利用者にほとんど事前説明をしていなかった点である。利用規約にはSuica履歴の販売、譲渡について記載はなく、規約の変更も行わなかった。文書などによる利用者への告知もなかった。

 販売したデータの具体的な中身についての説明も不十分だった。JR東日本は当初、利用者や本誌を含む報道関係者の問い合わせに対し、データの項目や精度、仮名IDの有効期間などについて十分に回答していなかった。複数のプライバシー専門家も「当時はJR東日本の公開情報があまりに少なく、個人情報保護法上、合法か否か判断できなかった」と語る。

 こうした専門家の指摘を受け、国土交通省がヒアリングに乗り出したことを機に、新聞やテレビは「事前説明がなかったのは問題」と一斉に報道。それを受けて利用者からも「勝手に売るな」「気持ち悪い」などの批判が噴出した。

 第2の要因は、本人の申し立てで履歴の販売、譲渡を止められるオプトアウトの窓口を告知していなかった点だ。JR東日本は「個人情報保護の問い合わせ窓口で申請があれば、個別に対応していた」と主張するが、オプトアウトが可能と周知していなかった。

 複数のプライバシー専門家は、「本件では少なくともオプトアウト窓口の告知は必須だ」と指摘する。Suica履歴のような、個人の位置情報に関わる履歴は、Webサイト履歴など他の情報と比べ、個人を特定されるリスクが高いからだ。「個人情報であるなしに関係なく、個人を特定される再識別化の可能性があるパーソナルデータを扱う限り、少なくともオプトアウト手段の提供は必須、というのが世界的な潮流だ」(国立情報学研究所特任研究員の生貝直人氏)。


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