行政や公的機関などが業務で蓄積した情報を、利用しやすい形で広く公開する「オープンデータ」。地域情報や過去の気象情報の公開をきっかけに、日本でもビジネス活用が加速し始めた。一方で、行政機関には「あと一押し」でオープンデータに生まれ変わる膨大な情報が眠っている。米国など先進事例と比較しながら、日本版オープンデータの未来と課題を探る。

(玄 忠雄)


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 「冬物のロングブーツは、平均気温が25度以下になると売れ始める」。衣料メーカーで構成する日本アパレル・ファッション産業協会(JAFIC)は2013年4月、気候と服飾品の売れ方の相関を気象庁と共同で分析した結果を発表した。

 長梅雨や冷夏が日本を襲った2009年夏は、8月28日に1日の平均気温が25度を下回った。すると例年より10日ほど早くロングブーツの店頭販売に反応が現れた()。「日本人が秋らしい肌寒さを感じる境界が、平均気温25度にあった」とJAFICの川口輝裕参事は分析の成果に手応えを感じている。調査はコートや帽子など10品目程度で実施。今後はより詳しい分析で、会員企業が気象予報を生産・販売計画に生かせる予測モデルを確立したい考えだ。

図●気象データを使ったオープンデータの活用例<br>一日の平均気温が25度を下回るとロングブーツが売れ始める傾向が分かった。日本アパレル・ファッション産業協会と気象庁が共同で分析した
図●気象データを使ったオープンデータの活用例
一日の平均気温が25度を下回るとロングブーツが売れ始める傾向が分かった。日本アパレル・ファッション産業協会と気象庁が共同で分析した
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 一連の分析に活用したのが、気象庁が蓄積する膨大な過去の観測データである。気象庁は13年5月、ホームページを通じてこれらのデータの無料公開に踏み切った。最も古いデータは1872年からあり、期間と観測地点、気温や降水量など観測項目を指定すると、表形式(CSV)のファイルでダウンロードできる。JAFICとの共同研究はビジネス活用の可能性を示すことが狙いで、「今後もデータの充実を図り、民間活用を促進したい」(情報利用推進課)という。

気象情報無料公開のインパクト

 商品の売り切れや売れ残りを抑えるため、気象条件から売れ行きを予測する取り組みは、服飾のほか食品や流通業などで古くからある。ここにきて、気象庁がデータを無料公開する意義は大きい。従来は、民間気象会社の協力を得てデータを分析するか、担当者が手間をかけて気象情報を集めていた。今後は、より充実した観測データで予測の精度を高められるし、ビジネスの現場で気象分析をより簡単に取り入れやすくなる。

 農業分野でも、気象データの活用が進んでいる。国の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は、東北地方で稲作の冷害対策を支援するサイト「水稲栽培管理警戒情報」を2010年に開設した。気象データを活用し、気温や降雨量による水稲の発育モデルを作成。気象庁が発表する1~2週間の短期予報とこのモデルを照合し、農家に冷害やいもち病の警報情報を発している。冷害の予報を受けたら、農家は事前に水田の水を高く張る。水田の保温効果を高め、冷害の影響を抑えるためだ。

 農研機構は様々な研究で気象データを使っており、気象庁の関連団体からまとめてデータを購入している。気象データが無料化されたことで、今後は機構と同様の分析を、中小の民間企業でもデータ購入に資金をかけずに取り組めるようになる。

 米国では気象情報の無料公開が進み、農業支援の新しいビジネス分野が興っている。ベンチャー発で、異常気象による凶作を補償する農業保険や、害虫発生の予報などが次々と生まれているのだ。

無料かつ標準的な形式で公開

 気象庁のように、行政や公的機関、公共性の高い企業などが業務で得た情報を、利用しやすい形で広く公開する活動を「オープンデータ」と呼ぶ。一般にオープンデータは、「XML」や「CSV」などソフトウエアで処理しやすい標準形式を採用していることと、誰もが無料で利用できることの、二つの条件を満たす必要がある。

 膨大な地域情報を持つ地方自治体は、ビジネスに直結するオープンデータの供給源として期待が高い。日本では福井県鯖江市や石川県金沢市、千葉県千葉市などがオープンデータに取り組んでいる。市が管理する公共施設や交通機関、市政や統計情報、観光情報などの公開を進めてきた。

 いち早く着手した鯖江市では民間活用も進んでいる。地図上で閲覧できるバス運行情報や施設検索など、ITベンチャーや個人プログラマーの手による30以上のWebサービスやスマートフォン用アプリが登場した。

 金沢市ではビジネスに活用する企業も現れた。不動産会社のアーバンホームは、物件を探している消費者向けに金沢市の住環境を調べられるWebサービスを提供中だ。物件や住所を指定すると、幼稚園や小学校、公園など周囲の施設を地図上で確認でき、物件選びの参考にできる。


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