今の日本企業が最も必要としているもの。それは資金でも技術でもない。エース級の人材だ。理由は明白。過去にエースとされていた人材像が、時代に合わなくなってきたからだ。

 では、新時代のエースに求められる条件とは何か。

 一言で言えば、ITを使ってビジネスにイノベーションを起こすことだ。新しいビジネスを立ち上げるだけでなく、既存事業を倍速で動かし、次世代の育成にも心を配る。そして周囲にポジティブな影響を与え、暗く垂れ込めた閉塞感を打破していく。企業が成長を続けるには、そうした資質を備えたエースが欠かせない。

 どうすれば、IT人材がそんなエースになれるのか。部下をエースに育て上げるには、何が必要なのか。15人のエースを分析することで、新たな条件が浮き彫りになる。

(小笠原 啓)

◆4人がエースになったワケ
◆旧時代のエースは淘汰される
◆修羅場体験で自信を付ける
◆環境変化で壁を破る


【無料】特別編集版(電子版)を差し上げます 本記事は日経コンピュータ11月8日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文は、日経BPストアの【無料】特別編集版(電子版)で、PCやスマートフォンにて、11月13日よりお読みいただけます。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「クールなテクノロジーを開発して、世界史に自分の名前を刻みたい。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのようにね。10億人以上の人生に影響を与えるのが目標だ」。自信をのぞかせながら語るのは、楽天執行役員のジェームズ・チェン、34歳。社長の三木谷浩史が「スーパーエンジニア」と評価する、楽天のエースである。

ジェームズ・チェン(James Chen)
ジェームズ・チェン(James Chen)
2000年米マサチューセッツ工科大学卒業。在学中にベンチャー企業を立ち上げた後、複数の米企業でCTO(最高技術責任者)を務めた。楽天が米企業を買収したのを機に、2009年楽天入社。2011年から執行役員。台湾生まれで8歳時に家族と共に米国移住。34歳。(写真:新関 雅士)

 海外のEC(電子商取引)企業を相次いで買収し、英語を社内公用語にするなど、猛烈な勢いでグローバル化を進める楽天。チェンは楽天市場のシステム開発を指揮している。

 チェンが目指すのは、「越境取引」を拡大すること。例えば、ブラジルの店舗で売っているテーブルを、フランスのユーザーが楽天経由で買う。あるいは、日本の個人商店が世界中に販路を拡大する。「こうした越境取引は、米アマゾンや米イーベイも手掛けていない。いち早く実現できれば、楽天がEC事業でナンバーワンになれる」と鼻息荒くチェンは話す。

 そのためには、買収した企業ごとにバラバラになっている、情報システムの連携を深める必要がある。商品価格や言語、さらに物流など、ECに不可欠な情報が共通化されなければ、越境取引など絵に描いた餅に終わってしまう。システムこそが、楽天が世界で飛躍するための鍵となるのだ。

 チェンが現在注力するのは、全世界共通で使えるAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の開発だ。各国子会社の基幹系システムを統合しなくても、情報をやり取りできる仕組みを整えれば、楽天市場出店者が国境をまたいで商品を販売するのが容易になる。「開発スピードを加速でき、ビジネスアイデアを容易に、素早く生み出せるようになる」とチェンは意気込む。

 ではなぜ、三木谷はチェンに重責を任せたのか。それを理解するためには、チェンが「エースになったワケ」を探る必要がある。

2カ月も待っていられない

 チェンは1977年に台湾で生まれ、8歳の時に家族で米国に移住した。「とにかく、何かを作るのが大好きだった」とチェンは振り返る。10歳になる前から、プログラミングも始めていた。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)に入学したチェンは、化学を専攻した。だが、大学生活は想像とは違っていた。じっと実験室の机に座り、化合物を合成する日々。「ある化合物を作るのに2カ月もかかった。残りの人生をそんなふうに過ごしたくはなかった」。

 一方でチェンは、世界有数の研究所「MITメディアラボ」にも所属し、プログラミングの腕を磨いていた。そして、自作した画像処理ソフトが企業の目にとまり、売り込むことに成功した。これが転機となった。

 「ITを使えば、アイデアをすぐに実現できて、他の人に使ってもらえる」。こう確信したチェンは、在学中にITベンチャーを起業。買収されると、親会社のCTO(最高技術責任者)となりエンジニアとしての実力を高めていった。そして2009年、チェンが在籍していた企業を三木谷が買収したのに伴い、楽天に入社した。

 楽天で頭角を現すのに、それほど時間はかからなかった。とにかく仕事が「速かった」からだ。

 「日本人はアイデアを思いついたら、まず周囲に相談するが、私はとにかく作ってしまう。根本的な違いはそこにある。失敗する可能性はあるけれど、失敗したら次に行けばいい」とチェンは言う。

 最初から完璧な製品は存在しない。とにかく試してみて、ユーザーの声を反映させながら進化させるのが、完璧に至る近道だ。こうした姿勢が、「スピード!! スピード!! スピード!!」を標語とする三木谷の心に響いたのだろう。入社からわずか2年で、執行役員に抜擢された。(敬称略)


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