「プロジェクトマネジメント(PM)義務」と、それに対応するユーザー企業の「協力義務」。この二つの新たな義務は、これまでの業界常識を大きく覆す可能性がある。システム開発委託における契約の前提条件が変わるだけでなく、ITベンダーとユーザー企業の関係を見直す契機にもなる。どんな行為がプロマネ義務違反に当たるのか、ITベンダーとユーザー企業の責任分担はどうなるのか。一問一答形式で解説する。

(浅川 直輝)


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 「ユーザー企業やITベンダーの法務担当者から、今も問い合わせが絶えませんよ」。IT訴訟に詳しい弁護士は苦笑いする。その問い合わせとは、「プロジェクトマネジメント(PM)義務」についてだ。システム開発が頓挫した責任を巡ってスルガ銀行と日本IBMが争った裁判で、東京地方裁判所が判決の根拠とした()。

図●スルガ銀-IBM裁判で日本IBMが問われたPM義務違反
図●スルガ銀-IBM裁判で日本IBMが問われたPM義務違反

 東京地裁は2012年3月29日、日本IBMに対して「PM義務の違反があった」と認定。74億円もの巨額賠償を命じた。裁判所が示した“新ルール”に、IT業界は騒然となった。システム開発に関する従来の考え方が、根底から覆ったと思われたからだ。

 現在、同裁判は控訴審への手続きが始まっており、6月には日本IBMが控訴理由書を提出した。同社が閲覧制限を掛けたため内容は不明だが、PM義務の解釈が争点の一つになるのは間違いない。

従来のプロマネの枠を超える

 PM義務という言葉が、裁判の判決で最初に登場したのは2004年3月のことだ。システム導入のトラブルを巡って、ある国民健康保険組合がITベンダーを訴えた際、保険組合側が訴状にPM義務という言葉を盛り込んだ。

 当時のPM義務とは、「文字通り、適切にプロジェクトを管理する義務を意味していた」と、保険組合の代理人を務めたエルティ総合法律事務所の藤谷護人弁護士は説明する。「PMBOKも理解していない技術者を、ITベンダーがプロジェクトマネジャーとして送り込むケースが散見されていた。法律ではITベンダーの責任を問う明確な概念がなかったため、PM義務という言葉を使った」と、藤谷弁護士は説明する。

 ところが、スルガ銀-IBM裁判の判決では、PM義務の範囲が大きく広がった。従来のプロジェクト管理の枠を超え、要件定義やパッケージ選定などの領域もPM義務の範囲としたのだ。さらに、PM義務違反による賠償範囲は、プロジェクトの失敗原因となった契約だけにとどまらず、すでに検収を終えた別の契約も含めた。

 東京地裁は判決文で、ITベンダーが負うPM義務を次のように示した。「ユーザとの間で合意された開発手順や開発手法、作業工程等に従って開発作業を進める」「常に進捗状況を管理し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処する」「専門知識を有しないユーザによって開発作業を阻害する行為がされることのないようユーザに働きかける」、などだ。

 PM義務という新ルールの登場で、ユーザー企業に有利な状況になったように見えるかもしれない。だが、それは違う。ITベンダーがPM義務を負うのと同じように、ユーザー企業は「協力義務」を負うことも明示された。

 要件定義や基本設計などの工程では、ユーザー企業の協力義務が強く求められる。ユーザー企業の準備不足や体制不備があった場合、協力義務を果たしていないと認定される可能性がある。

 今回の判決は、裁判所がITに関わるトラブルを裁く際には、契約の内容や形態だけでなく、プロジェクトの実態に基づいてITベンダーとユーザー企業の責任を判断することを示したといえる。


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