あなたは外出先や自宅で、「私物」のスマートフォンやノートPCを使って仕事をした経験はないだろうか──。情報保護などの名目で、多くの企業は私物の情報端末を業務で利用することを禁止している。だが、実態は違う。外出先で電子メールをやり取りしたり、自宅で報告書などの資料を作成したりするためにも、私物の情報端末は業務に欠かせない存在になりつつある。
本誌が提案するのは、私物利用の解禁だ。私物の業務利用を認める利点は多い。節電対策の一環として在宅勤務制度をすんなり導入できるし、災害時の事業継続性も高まる。時間や場所にとらわれず仕事ができるので従業員の生産性も上がる。会社用と個人用の端末を二つを持ち歩く必要もなくなる。通信費補助などと併用すれば、従業員のモチベーションも高められる。私物解禁は「一石二鳥」ならぬ、「一石五鳥」の方策なのだ。
実際、ここにきて「私物解禁」に踏み切る企業が相次いでいる。各社は東日本大震災や電力危機をきっかけに、私物の業務利用の利点を認識したことで、禁止から解禁に方針を転換した。「私物解禁」の最新事例と、解禁に向けた準備の勘所を紹介しよう。
(吉田 洋平)
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従業員個人が購入したスマートフォンやノートPCなどの「私物」を、日常業務で積極的に活用させよう──。この夏を乗り切る、そして新しい働き方を実現するために、本誌は企業情報システムを利用する端末としての「私物解禁」を提案する。
「正気か。非常識だ」「セキュリティをどう担保するんだ」「問題が起きても責任を負えない」など、システム部長やシステム担当者の多くからは、批判やお叱りを受けるかもしれない。だが、ちょっと待ってほしい。
みなさんの会社は、節電のための在宅勤務や残業禁止が相次ぐこの夏を、「私物利用は厳禁」の状況で乗り切ることができるのだろうか。想定外の震災が再び起きたときに、事業を継続できるのだろうか。様々な制約がある中で生産性を維持できるのか。冷静に周囲を見回してほしい。ビジネスシーンの中に私物は浸透している。もはや「タテマエ」を言っている状況ではない。今こそ発想を転換し、私物の利用を解禁するときだ。
私物の業務利用を認めることで、従業員の働き方も大きく変えられる。PCが普及し始めた一昔前を思い出してほしい。「ワークスタイルを変える」という触れ込みでPCの一人一台体制が広まったのだが、結局、働き方は変わらなかった。しかし、今は違う。高機能かつ安価な情報端末が続々と登場し、従業員は会社よりも先にそれらを手にするようになった。クラウドサービスの普及で、安全性を保ちつつ、いつでもどこでも業務の情報にアクセスできるようにもなったのだ。
東日本大震災や今夏の電力危機は、これまでの発想を転換する契機だ。事実、ディー・エヌ・エー(DeNA)やKDDIがこのタイミングで方針を大きく転換するなど、私物のスマートフォンやPCの業務利用を認める企業が相次いでいるのである。論より証拠。まずは「私物解禁」を決断した実例を紹介しよう。
私物解禁で情報共有を円滑に

「海外拠点とのコミュニケーションが格段に良くなった」。私物のスマートフォンを片手にこう語るのは、DeNAの経営企画本部に在籍する秋山知之氏だ(写真)。同社は今年3月、スケジュール管理や電子メールといった情報系システムに限り、私物のスマートフォンからの利用を解禁した。
「海外拠点とのやり取りが増えたことで、もはや会社にいるときだけ仕事をすればよい状況ではなくなった。私物が使えるようになったので、常にスマートフォンを二つ持ち歩く必要もない」と秋山氏は続ける。
同社が私物のスマートフォンの利用を解禁したきっかけは、グループウエアなどの情報系システムを、クラウドサービスに移行したことだ。「いつでもどこからでも利用できることが、クラウドのメリット。端末や利用できる場所を制限してしまうと、そのメリットを封じ込めてしまう」と、情報システム統括本部情報システム部の中野雅仁部長は説明する。
私物のスマートフォンの業務利用を解禁するにあたって、独自のセキュリティ対策も施した。ITベンダーと共同開発したID管理やログ管理サービスを経由して、クラウドサービスにログインする仕組みを作った。「だれが、いつ、何にアクセスしたのか」をシステム部門側で管理できる。常に監視することはしていないが、「何か問題があったときに、端末が私物であろうがなかろうが、すぐに対処できるようにした」(同)。
私物利用の解禁は、この3月の東日本大震災でも功を奏した。実は当初、同社は4月から私物スマートフォンの利用を認める予定だったが、3月11日の震災直後に予定を早めて「解禁」した。出社できない状況でも、スムーズに国内外の拠点と情報を共有し、ビジネスを継続できたという。
従業員からの要望が相次ぐ
航空測量を手がけるアジア航測も、私物のスマートフォンを業務で使うことを認めている。同社には携帯電話を支給する制度があり、スマートフォンについても一部の管理職などに対しては支給している。だが、高価なスマートフォンは負担が大きく、全社員への支給が難しい。「部門予算で支給が難しい場合や、従業員個人の希望があった場合は、私物の利用を認めざるを得ない」と、経営管理本部経営情報部の坪井哲也部長は本音を打ち明ける。
同社の場合、会社支給のスマートフォンと同様の管理を私物に対しても行っている。ポイントは「登録者の申請」と「利用ルール厳守の宣誓」だ。私物を利用する従業員は、年2回、スマートフォンの種類や電話番号、利用目的などをシステム部門に申請する。さらに、パスワード設定などの利用規程を守ることを宣誓する書面にサインをする。「最後は従業員のモラルに頼るところが多い。ただ、見て見ぬふりをする状況は避けたかった」と坪井部長は説明する。
コンサートの音響設備運営などを手掛けるヒビノも、私物のスマートフォンの業務利用を認めようとしている一社だ。現在は社内ルールや各種制度を整備した段階だ。「申請があればいつでも利用を認められる」と情報システム課の金江毅課長は言う。
アジア航測と同様、ヒビノでも一部の事業部や管理職に対してはスマートフォンを会社が支給している。だが、「渡すかどうかは各事業部の判断。予算上、すべての社員にスマートフォンを渡すことができないのが実情だ」と、金江課長は説明する。「外回りが多い営業担当者を中心に、個人のスマートフォンを業務で使いたいという声が上がっていた。そこで、まずは“私物解禁”の体制を先行して整えた」(金江課長)。
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