組み込みソフトの不具合によるハイブリッド自動車のリコール(回収・無償修理)は17億円、業務委託先からの顧客情報の漏洩は429億円、勘定系システムの開発中止は113億円、航空機の欠航は4億円――。これは、システムトラブルによる損失額を本誌が試算したものだ。ソフトウエアの誤作動、顧客情報の漏洩、新システムの開発中止や稼働延期、システムダウンなどのトラブルが起こると、当事者である企業には、少なからず金銭的な損失が生じる。

 あなたの会社や組織の情報システムにトラブルが起きたとき、どのくらいの損失が出るのか、金額を計算したことがおありだろうか。

 「縁起でもない」とおっしゃるかもしれないが、損失金額を見積もることには大きな意味がある。

(大和田 尚孝、中井 奨)

◆顧客対応に手間、収益にも影響
◆お詫び状よりも重い減収
◆開発費と訴訟費がかさむ
◆頻繁な法改正にも更新不要
◆逸失利益が開発費を上回る
◆意外に少額
◆最高1兆円超、イメージダウンの損失


【無料】サンプル版を差し上げます 本記事は日経コンピュータ3月3日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。 なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 システムが期待したとおりに動作しない「誤作動」によって生じる損失を金額換算してみる。設計仕様の誤り、実装段階でのバグ混入、操作方法の誤りなど、誤作動の原因は様々だが、共通するのは、顧客への説明や不具合の修正に手間がかかるということだ。大きな事件になると、売り上げにも影響が及ぶ。売り上げが減ると、利益も減少する。

 トヨタ自動車は2月9日、新型「プリウス」などハイブリッド(HV)車のリコール(回収・無償修理)を発表した。タイヤの横滑りを防ぐ「ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)」の制御プログラムに不具合が判明したからだ。凍結した路面などを走行中にABSが作動すると、ブレーキが利くのが0.06秒ほど遅れる恐れがある。修理対象車は、1月27日までに生産した新型「プリウス」など世界で43万7000台だ。

 一連の対応にかかる費用について、トヨタの発表内容および報道などを基に、本誌が独自に試算してみる。

 はじき出した損失額は、少なくとも17億3205万5936円となった()。内訳は、新車の販売低下による損失が13億円弱、リコールにかかる人件費が4億円強、リコールに伴う雑費が4000万円強、不具合のあった制御プログラムの修正・テスト費が4000万円だ。

図●自動車43万7000台をリコールしたことに関連する損失額の計算例
図●自動車43万7000台をリコールしたことに関連する損失額の計算例
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 まずは人件費についてみてみる。4億円強のうち、販売店の整備担当者分が3億5892万2666円、同営業担当者分が8040万8000円である。

 整備担当者分は、販売店でリコール対象車を修理するのにかかるものだ。販売店におけるブレーキ制御プログラムの修正時間は、トヨタによれば15~40分程度。ここでは平均を取って1台につき27.5分かかるとする。修理は1台につき整備担当者が1人でこなすと考える。整備担当者の人件費は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査(2008年)」に基づくと時給1792円。これに平均作業時間と台数を掛けて求めた。

 販売担当者分は、リコール対象車の保有者に電話をかけて経緯などを説明するのにかかる人件費だ。トヨタは対象車の保有者にリコール通知を郵送するが、販売店によっては電話をかけてもいる。ここではすべての保有者に電話をかけたとし、通話時間は平均5分、営業担当者の時給は厚労省調査から2208円として計算した。

 雑費は、お詫びの電話にかかった通話料とリコール通知の郵送費である。通話はNTT東西の加入電話同士とし、市内料金を適用して計算すると、通話料は780万450円となる。リコール通知の郵送費は3496万円だ。

 ブレーキ制御プログラムの修正費については、自動車の組み込みソフトの開発に詳しいIT業界関係者によると、「テストを含めても40~60人月程度で済む」という。SEの人月単価を100万円とすると最低4000万円だ。

 こうした実費よりも大きいのが、自動車の売れ行きが落ちることによる減益だ。トヨタは2009年度第3四半期決算説明会で、今回のリコールの直前に起こった、北米などを対象としたアクセルペダルの不具合によるリコールの販売面の影響は700億~800億円の見込みと説明している。このリコールは対象車が445万台だ。

 リコールによる減収額は対象台数に比例すると仮定すれば、今回の減収分は約80億円となる。これに、トヨタの2009年度4~12月期の粗利率15.1%を掛けると、損失は12億996万4820円となる。減収による損失については、粗利分を計上する前提で計算した。

 損失額は、さらに増える可能性がある。一部報道によれば、米国ではリコール対象車の保有者がトヨタに損害賠償を求める裁判を起こしたからだ。

 これらの実費や減収分のほかにも、「イメージ低下による企業価値の損失が発生する」。IT関連のトラブルと損失との関係について研究する三菱総合研究所の石黒正揮主任研究員は、こう強調する。同氏が提唱する企業価値の損失計算モデルを使うと、トヨタの損失額は1兆円を超える。


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