取り組んでいるプロジェクトがうまくいかない。何かと忙しく考える時間がとれない。不本意な人事異動を言い渡された。職場の雰囲気ははっきり言って悪い。気分はすぐれないし、体調は今ひとつだ。

 組織とかかわって仕事をする社会人であれば、だれもがしばしば壁にぶつかり、その前で悩む。

 「自分が進む道や自分の働き場所は、自分で開拓していくしかない」と言われればその通りだが、それができればだれも苦労などしない。

 解決につながるかどうかはともかく、他人の体験談を聞いてみるのは一つの手ではあるまいか。悩みや苦労と無縁の人など、この世にはいないからだ。

 そこで本誌は、ITの世界に何らかの形でかかわっている人たちに、それまでの苦労話や転機となった出来事を尋ねる企画を立て、実行した。それが本特集である。

(島田 昇、羽野 三千世)


【無料】サンプル版を差し上げます 本記事は日経コンピュータ11月11日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。 なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

あきらめることですべてが始まる
谷口 浩一氏 チームデルタ 代表取締役

 顧客や利用部門が何を求めているか分からない、会うたびに要求が変わる。営業や開発の現場でそう感じることは多い。本当のニーズを知ろうとして、じっくり要望を聞くと無理を押し付けられる。一体、どうすればよいのか。

 それがあなたの本当にやりたいことですか──。

写真:菅野 勝男

 サイト構築などを手がけるチームデルタ社長の谷口浩一は、サイトの刷新を望む顧客に対して、いつもこのように問う。顧客は目の前の課題ばかりに目が奪われていたり、やりたいことを全部並べたりするからだ。谷口はこんな例え話をする。

 「あなたはどうしてもドリルが必要だと思っているかもしれない。しかし、本質的な問題に目を向ければ、そもそもドリルで穴を開ける必要はなく、別の方法があるかもしれない。それを一緒に探しましょう」。

 谷口は1000社を超える団体や企業のセミナーに講師として招かれたほどの人気Webプロデューサーだ。多分野の専門家が集うインターネットメディア「All About」では、専門家の人気ランキングの常連で、Webプロデューサーの中では首位を独走している。谷口は自身の強みをこう分析する

 「選択することには長けている。何かを選択するということは、やりたいことの本質を見抜き、優先順位をつけて何かをあきらめるということだ。サイト構築に悩む顧客の大半は、あきらめることができないから選択できない。僕は選択することの大切さを、車椅子の生活の中から学んだ」。

 突然の出来事だった。アルバイト先の自動車工場で車の下敷きとなり、両足の自由を失った谷口は、学生生活も写真家になるという夢も、あきらめざるをえなかった。2年間の入院生活では、度重なる手術や感染症にひたすら耐えた。その後の2年間も入退院を繰り返し、小さな障害者向け施設でアルバイトすることが、社会との唯一の接点だった。

 両親が親戚らから「あなたたちは浩一より少しでも長く生きないと」などと言われているのを耳にしながら眠る夜もあった。不思議と夢の中では、車椅子ではない健常者の自分しか出てこなかった。しかし目を覚ますと、半径1キロ以内が谷口の世界だった。

 転機は担当医の一言だった。「埼玉県に障害者向けの大きな職業訓練センターがあるらしい」。

 思い切って広島県の実家を離れて訪れた。そこで谷口はパソコンに出会う。初めて触るパソコン。意外にもプログラマとしての適性が高いと評価された谷口は、プログラマとして社会復帰を目指すことになる。

 プログラマは数少ない職業の選択肢の一つだったが、一気に世界が開けた。事故から7年を経た、28歳のときだった。


続きは日経コンピュータ11月11日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバーをご利用ください。