9月16日、新首相を選ぶ特別国会が召集され、民主党主導の新政権が発足する。その民主党が選挙前から配布したマニフェストには、驚くほど大胆な政策が明記されている。
その筆頭は「税と社会保障制度共通の番号制度」、つまり“国民総背番号制度”の導入である。過去数回にわたって議論されたが、常に実施できなかった制度だ。民主党は、年金保険料のムダづかいや未納を一掃するために、歳入庁の創設と共に共通番号の導入を公約した。
このように強いシバリがかかる新政権の政策の中で、本誌は三つの政策に着目する。共通番号とスマートグリッド、そして地方分権に向けた仕組みづくりである。いずれも、日本を大きく変える政策であり、しかもITが大きな役割を果たせる。
これらの政策は、従来のように関係者の利害調整をしていては、実現することはできない。政治が主導することで“あるべき姿”を明確にして、新たな社会インフラとして設計・実現していくべきである。本特集では、三つの政策について、実現に向けたシナリオや課題を分析する。その中で、政策実現の要となるITが果たす役割について詳細に検討する。
(二羽 はるな、福田 崇男、木村 岳史)
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「所得の把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する」─。民主党は、マニフェストで税と保険料を一体的に徴収する歳入庁の設置を発表した。併せて国民一人ひとりに対し、税と社会保障制度に共通する番号を導入する。いわば納税者番号と基礎年金番号を一本化した番号で、個人の所得や国民年金の納付状況を確実に把握することが目的だ。このほか健康保険や介護保険まで利用の範囲を拡大することを検討する。
民主党は一元的で公平な年金制度の実現を前面に打ち出している。具体的には「所得比例年金」の創設だ。すべての人が同じ年金制度に加入する。所得が同じであれば同じ保険料を負担し、納めた保険料を基に給付額を決める。納付額や給付額が明確になり、制度自体も透明性を増す(図)。

こうした年金制度は、自営業者らの所得も正確に捕捉できなければ実現不可能だ。その上で、年金保険料の未納を明らかにして、撲滅する取り組みも必要となる。共通番号を導入すれば、所得の捕捉と保険料の納付を一元的に実施できる。
社会保険庁を国税庁に事実上吸収することになる歳入庁構想は、保険料の確実な徴収が目的だ。民主党は共通番号と歳入庁を両輪に、年金問題の最終的な解決を狙う。サービスの提供を受ける国民にとっては、いくら納付していくら給付されるかが透明になり、安心感の高いサービスとなる。
目的は不平等さの排除
納税者番号で所得を捕捉する仕組みはこうだ。番号は個人一人ひとりに付番する。銀行口座や証券口座の開設の際は金融機関に納税者番号を伝え、金融機関はこの番号を申告する。こうすることで、納税者番号にひも付けた名寄せが可能となり、個人の所得を捕捉できるようになる。
「共通番号の導入により所得が正確に捕捉できれば、社会保険料の負担能力のある未納か、本当に払えないかがすぐわかる。負担能力のある未納者には督促することで公平性を高められ、国民の信頼回復につながる」。野村総合研究所経営戦略コンサルティング部ヘルスケア・コンサルティンググループの安田純子上級研究員は、共通番号の意義をこう説明する。
さらに納めた保険料を基に受給額を計算する「所得比例年金」の制度を実現するためにも、個人の所得の捕捉は不可欠となる。
低所得者、無収入者に対しては、保険料の減免措置がより容易になる。従来から国民年金制度では、経済的理由などから保険料の納付を減免できた。しかし減免期間は基本的に1年で、毎年申請する必要があった。所得比例年金では納税状況によって保険料が決まるため、こうした申請が必要なくなる。
国民年金をはじめとする社会保障制度で、未納や滞納は後を絶たないどころか、増加の一途を辿る。例えば2008年度の国民年金の納付率は62.1%で、現年度納付率としては過去最低を更新した。08年6月時点の国民健康保険の滞納は453万世帯(全世帯の20.9%)で、初めて20%を超えた。支払い能力があれば徴収し、支払い能力がなければ減免措置を取る。共通番号の導入により、こうした“入り”の管理が可能になる。
事務作業の効率化にも貢献
共通番号の導入は行政の事務作業を効率化し、本人にひも付けられない“浮いた記録”を作らないことにも有効だ。「現在の健康保険の仕組みでは、転職や引っ越しにより加入する保険が変わることがある。毎回申告する必要があり、手間がかかる。失効した保険証で医療機関にかかれば、医療費の請求もできなくなる」と指摘するのは富士通総研第一コンサルティング本部公共コンサルティング事業部の榎並利博プリンシパルコンサルタントだ。
社会保障分野では、制度ごとに桁数などの様式の異なる番号を付番しているのが現状だ。このため転職や結婚、引っ越しなどのたびに制度を変える必要が生じる。「共通番号を個人にひも付ければ転職や結婚でも変わることがなく、浮いた記録が生じるリスクはなくなる。転職などで制度を変えるたびに必要だった事務作業もなくなり、効率化につながる」と榎並コンサルタントは続ける。
共通番号の導入で、不平等さのない公平なサービスを実現できる。一方で07年以降相次いで発覚した年金記録問題のように個人にひも付けられない記録の再発防止策にもなる。
しかし共通番号は国民一人ひとりに付番する、いわば“国民総背番号”だ。過去には住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の稼働に併せて国民に付番した「住民票コード」が国民総背番号といわれ、国内で訴訟が起こるなど一部で反発を招いた。国民一人ひとりに番号を付番することに対しては、今も根強い反発が残っている。
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