NTTデータに1兆1564億円。日立製作所と日本電子計算機に合計3823億円。これは社会保険庁がITベンダーに支払った年金システム利用料 の累計だ。
 これだけの巨費を投じてきたにもかかわらず、持ち主が不明の宙に浮いた年金記録が5000万件以上見つかった。いまだに1400万件は解明できていない。周知の「年金記録問題」だ。政府のITガバナンスの欠如が国家的損失につながる事実を改めて示した。
 半世紀前からのシステム化の経緯を探ると、データ管理の基本を軽視した事実が次々と発覚している。
 こうした事実を検証する限り、年金記録問題は本来防げた。社保庁の民営化を1年後に控えたいま、一連の問題を振り返るとともに再発防止に向けた改革の動きを追う。


(大和田 尚孝、二羽 はるな)

◆ミスター年金、長妻議員が喝
◆判明した五つの真相
◆調達改革の仕掛人、伊藤議員が檄
◆「解体後」見据えた改革始まる
◆米国政府調達問題を元CIOが証言


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 氏名が欠けた記録は500万件以上、年齢不明は30万件――。持ち主が分からない「宙に浮いた」年金記録5095万件が社会問題化してから1年半あまり。その後の調査によって実態が少しずつ明らかになってきた。

 年金記録問題はなぜ起こったのか。1957年から50年以上におよぶ年金システムの記録管理の経緯、政府などの調査結果、過去のいきさつを知る関係者の証言を追っていくと、問題の真相が浮かび上がってきた()。

図●年金記録問題の五つの真相
図●年金記録問題の五つの真相
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真相1 ミス防止機能がなかった

 年金システムの使命は国民の個人データや年金加入期間、保険料の納付実績を“正しく”記録・管理することだ。しかし、実際には「2月30日生まれ」「国内最高齢を上回る115歳」といった、あり得ないデータが記録されていた。

 データ品質はなぜ劣化したのか。最大の原因は入力ミスや改ざんを防ぐ仕組みが足りなかったことに尽きる。これが現場の“緩み”を招き、誤った記録を増加させた。

 全体では3億件の記録を管理する巨大システム。それだけに入力ミスをゼロにするのが難しいのは分かる。だが、実際にはそれ以前の問題だった。システムと手作業の両面で入力ミス対策が不十分だった。

 まずシステムのエラーチェック機能が足りなかった。現行の記録管理システムは「2月30日生まれ」のような異常値をはじく機能を備える。氏名が空欄の記録も受け付けない。

 だが年金業務のシステム化が始まった1957年から現行システムが稼働した1984年までの四半世紀にわたって使っていたシステムの一部は、こうしたチェック機能が欠けていた。性能面で制約があったためとみられる。

 しかもどのような誤りがどの程度あったのかを定量的に把握してミス削減につなげるなどの改善活動をした形跡がない。「業務品質やデータ品質を確保しようという意図がそもそもなかったのではないか」との指摘もある。

 一例を挙げよう。社保庁は1970年、船員保険の記録用に磁気テープを導入。それまで紙台帳で管理していた記録を職員がコンピュータに入力した。

 作業完了後、磁気テープの記録と紙台帳の記録を比べて誤りがないか調べた。すると556万9200件の入力のうち、53万2000件に誤りが見つかった。すべてが入力ミスとは限らないが、ミス率9.6%は民間企業では考えられない。

ログデータを10年で削除

 意図的な改ざんもあった。年金システムは過去にさかのぼって年金の納付記録などを修正できる。年金を給付するタイミングで本人に過去の年金記録を確認してもらい、間違いがあればそこで訂正を受け付ける「裁定主義」と呼ぶ考え方に基づいている。この仕組みを悪用して、過去の記録を勝手に操作したケースが見つかっている。

 もちろん職員なら誰でも記録を修正できるわけではない。社保庁は全国312カ所の社会保険事務所に設置した端末の操作権限を管理者用、職員用、訓練用などに分け、権限に見合う磁気カードを職員に配布していた。

 だが事務所によっては管理者用のカードを全員で使い回していた。要はアクセス権限の管理が形骸化していたわけだ。こうなると改ざんした職員を突き止めるのは難しい。

 しかも「ログデータを残しておかなかった」(総務省の年金記録問題検証委員会メンバーである中央大学法科大学院の野村修也教授)。年金記録の修正などの履歴を管理するログデータは10年間保存する決まりだった。10年以上昔の変更履歴はログデータがないので分からない。加入から支払い完了まで数十年かかる年金システムの保存期間として10年は十分とは言えない。

 裁定主義を前提とする社保庁にとって、年金記録はあくまで目安。「間違っていても本人が後で申し出るから支障はない」との誤謬が事態をここまで大きくした。


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