既存の基幹系システムから、より柔軟で運用負担の少ない“次”のシステムへの道筋が見えてきた。カギを握るのは「クラウドコンピューティング」だ。企業のグローバル化と同じく、IT資源の調達先もネット全体におよぶ。規模は無尽蔵。社内か外部かという垣根を越えて、情報システムは自在に姿を変えていく。まるで雲のように。
 メインフレーム、クライアント/サーバー、Webと移り変わってきたITは2009年、新たな局面を迎える。企業情報システムは古い殻を脱ぎ捨て、“究極の自由”を手にしようとしている。


(玉置 亮太)

◆米国で沸き立つ“雲”
◆ニッポンもクラウドへ加速
◆身軽で柔らかいITへ


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 ファーストリテイリング業務システム部業務開発チームの森真太郎リーダーは最近、クラウドコンピューティングのリサーチに余念がない。「当社の業務への向き不向きやどんな利点があるのかを検討している」。

 店舗の国際展開と買収による事業拡大という戦略を採るファーストリテイリング。この12月にも、中国の深センに初出店したばかりだ。

 こうした海外展開を進める上で、森リーダーはクラウドコンピューティングを有用とみる。例えば「世界各国に店舗を展開するとき必ず壁になる」(森リーダー)という夜間バッチ処理。「超大規模インフラを活用して夜間バッチをリアルタイム化できれば、利点は計り知れない」。コストの面で非現実的だった処理が、手に届くところまで来ている。「突き詰めれば基幹系システムのアーキテクチャが一変する」。森リーダーは、クラウドコンピューティングの可能性をこう表現する。

無尽蔵の資源を企業に

 JTB、東急ハンズ、ユニ・チャーム。いずれもグーグルの「Google Apps」の導入を決めた企業だ()。Google Appsは電子メールの「Gmail」を核にした“サービス”である。

図●日本でも米グーグルのGoogle Appsを導入する大企業が相次いでいる
図●日本でも米グーグルのGoogle Appsを導入する大企業が相次いでいる
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 各社はGoogle Apps採用によって、大幅なコスト削減を見込む。例えばJTB。既存のマイクロソフトExchange Serverを更新すると、5年間の総費用は20億円かかる。Google Appsにすると「7億円から高くても9億円」(JTB情報システムの野々垣典男 執行役員グループIT推進室室長)。東急ハンズも3000万円の年間費用を半減できるとみる。

 ただし各社がGoogle Appsを選んだ理由は、単に安いからではない。無限に近いハードウエア資源、コンシューマ分野で鍛えられた強力な検索機能など、これまでのエンタープライズシステムの域を超えた利点にこそ、魅力を感じたのである。

 クラウドコンピューティングの旗手を自任するグーグルは、300万台を突破したとも言われるサーバーインフラを持つ。そこから紡ぎ出される、無尽蔵に近い処理能力とストレージ。これらを取り込んで、一企業には到底作れなかったシステムを作る。それがクラウドコンピューティングのイメージだ。単に出来合いのアプリケーションを利用する狭義のSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)ではなく、グーグルのサービスを使う利点がここにある。

 それだけではない。グーグルが蓄積した「膨大な情報を活用し、社内システムに取り込むこと」(グーグルで企業向け製品事業を統括するマシュー・グロツバック氏)も大きな利点だ。Google Appsは機能拡張用のAPIを備える。ユーザー企業や開発者は、検索結果と社内システムのデータを統合したアプリケーションを開発できる。

マイクロソフトが本格参戦

 グーグルだけではない。セールスフォース・ドットコムもクラウドサービスに突き進む。CRMのSaaSに加えて開発環境も提供。ユーザー企業がセールスフォースのITインフラを活用してアプリケーションを開発・運用できるようにした。オンライン書店からスタートしたアマゾン・ドット・コムも、仮想マシンを無尽蔵に提供する「EC2」などのクラウドサービスを提供。一大ITベンダーとなりつつある。消費者向けの印象があったクラウドコンピューティングは、今や企業向けへ大きく広がり始めた。

 クラウドサービスを活用することで、基幹系システムの自由度は格段に増す。システム部門を辛いインフラのお守りから解放し、必要に応じて安価な処理能力や機能の調達を可能にする。そこからは事業環境やニーズの変化に応じて姿を変える、柔軟で身軽な新しい基幹系システムの姿が見えてくる。そう、まるで雲のように。2009年は、企業におけるクラウド活用、すなわち「エンタープライズクラウド」の可能性を真剣に検討すべきだ。


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