新人や中堅社員の「IT研修の場」としてインドを選ぶ企業が急増している。
今回取材した企業だけで18社。うち11社が昨年から今年にかけて始めた。
狙いの一つはグローバル人材の育成だ。
ビジネスの海外展開によって情報システム部員が海外に出て行く、
オフショア先との意思疎通を図るといったニーズが高まっているためだ。
海外進出はなくとも、プロジェクト推進に必要なスキルを身に付けさせるためや外国人SEの採用をにらんでインド研修を始めた企業もある。
では、なぜインドなのか。その効果はいかほどか。実態を明らかにする。


(井上 英明、小原 忍)

◆ここに驚いた!
◆三つの狙い
◆印ベンダー 強さの秘密
◆成功のポイント


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 「渡航前のストレス耐性をレベル1とすると、帰国後はマックスのレベル900になった」。NECソフト ITトレーニングセンター能力開発推進グループの宮下克士は、インド研修を終えた約1カ月後の9月3日に開催された成果発表会でこう言い切った。

 同社は2005年から新人教育の一環としてインド研修を実施している。今年は新人約290人のうち26人が参加した。本人に意思がなければ効果は薄いとして希望者のみを対象としているためだ。ただし宮下を含めた2人は強制参加。この研修は同期のみで共同生活を行うことを前提とし、研修を主催するITトレーニングセンターに配属された宮下らは事務局として参加することが業務だからである。

 インドではトラブルの連続だったと語る宮下が「成長したことベスト3」に挙げたのは、「ストレス耐性」「管理とサポート」「自ら考え行動する力」だ。さらにストレス耐性が上がったのは、「人とのかかわり」「環境」「その他」の三つのストレスに耐えた結果だとした。

インド人の“明日まで”は1週間後

 研修期間は5週間()。基礎研修が終了した6月末に日本をたち、現地でビジネス英語とJavaや .NETの研修を受ける。後半ではNECグループのインド子会社の新人と合同でWeb予約システムを開発する模擬プロジェクトを演習。その結果を、日本から来た経営層の前でプレゼンして締めくくる。

図●NECソフトのインド研修スケジュール
図●NECソフトのインド研修スケジュール
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 この間、事務局は、インド側のコーディネータなどとの折衝や、他の研修生たちからのクレーム対応を担う。そこでインド人の考えや文化の違いを実感した。その最たるものが時間感覚。「これを明日までにコピーしてください」とインド人に依頼しても翌日は「忘れた」と言われ、翌々日には休まれてしまった。最終的にコピーが届いたのは1週間後だ。「日本では当たり前のことが、そうでないことがわかった」。

 環境面では研修後半のプロジェクト演習で共有サーバーが使えなくなり、各グループの作業効率が大幅に下がってしまった。成果発表会には社長をはじめ多くの役員が日本から来る。それに間に合わないというストレスは相当なものだった。研修センターだけではない。ホテルでは停電しない日がない。無線LANが故障し、日報を1週間送れない週もあった。しかし、インドでは珍しい状況ではないという。

 最後の「その他のストレス」が、肉体的には一番辛かったかもしれない。「インドのゴキブリは数が多く、行動も積極的」と発表会では笑い飛ばしたものの、「バンガロールのホテルではパソコンで日報を書いているとディスプレイの端から端まで走った」と体験を披露した。

世界遺産やガンジス川の見学も

 ニューデリーのホテルがまたひどかった。まず、予約してあるのに部屋が足りない。前の宿泊客が延泊したというのが理由だ。空きは地下の部屋しかないが、湿気がひどく、壁には白いキノコが生えている。当然あてがわれた研修生からクレームが上がり、事務局の一部屋を明け渡して2人は一つの部屋で過ごすことにした。しかし、この部屋も「象が死んでいるんじゃないかと思った」ほどの異臭がする。窓ガラスが割れたままになっていたためだ。急きょ段ボールを窓ガラスの代わりに張り付けて外気をしゃ断した。

 宮下にとって、道端で年端もいかない子供たちが物売りに寄ってきたり、それを無視すると日本語で罵声を浴びせられたりすることもショックだった。日本ではこうした光景に、まず会わない。

 ストレスを感じたのは宮下だけではない。研修生全員が相当なストレス下に置かれた。健康状態は事務局が毎日チェックするが、ひどい熱が出たりすれば病院に付き添う。特にプロジェクト演習が佳境に入ると深夜まで作業が続き、体力がなくなってバタバタと研修生が倒れた。

 具合が悪い研修生のため、ホテルには病人向けにスパイスを利かせないように指示を出す。「ノープロブレム」という答えから、そうしてくれるものと思ったら全く通じていなかったという経験もした。金銭管理でもトラブルがあった。病院代をコーディネータが「インド側が出す」と言うのが信じられず何度も確認するも「ノープロブレム」。結局、後から請求された。

 5週間、研修センターにこもってばかりいたわけではない。インド大手ITベンダーのインフォシス・テクノロジーズを訪問し、広大な敷地の中で池や緑に囲まれたきれいなオフィスや研修センターに圧倒された。デリーからバスで5時間かけて世界遺産であるタージマハルを見学。自主旅行では聖地と呼ばれるバラナシを訪れてガンジス川の広大さに揺さぶられた。

現場で最善策を探る力が付いた

 成果発表会を聞いていると、「これはIT研修なのか」と疑いたくもなる。実際に宮下は「研修生としてプログラミング能力などの技術スキル向上を第一目的としていたが、実際は事務局におけるトラブル対応に学ぶことが多かった」と語る。具体的には、インド人の積極性や行動力に触れ「状況を判断し、自分の考えを理由付きではっきり伝えること」を学んだ。しかもこれは、「上司や先輩に囲まれている日本にいては身に付かなかったかもしれない」と続ける。実際、最初に病院に付き添ったときには日本からは保険が適用できる病院へ行くように指示されていたが、病状を見て、保険がきかなくても大病院へ行くべきと判断した。

 送り出したITトレーニングセンター センター長の福嶋義弘は、「ITスキルよりもトラブル対応力を養ったので構わない」と意に介さない。「グローバル感覚と英語力」や「基礎技術力」よりも「自ら考え行動する姿勢」を目的の上位に掲げる福嶋は、「宮下は一番成長した一人」と話す。


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