「ドライバって何ですか?」。初歩的な質問をしていた新人作業者が、1週間後にはベテラン並みの速さと品質で製品を組み立てる――。にわかに信じ難いことが、ものづくりの現場で起きている。この秘密は、ITと生産設備を融合した「デジタル屋台」と呼ぶシステムにある。人材育成やカイゼン支援、生産効率の向上など、次々と目に見える効果を生み出し得るのはなぜか。4社の先進事例を基に、デジタル屋台の実力を探る。


(目次 康男)


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 キュイーン――。外界から隔てられたクリーンルームに、電動ドライバの音が響きわたる。整然と並べられた作業台の横では、生産担当者が慣れた手つきで様々な部品を組み合わせている。レーザー溶接装置を製造・販売するミヤチテクノスの主力工場(千葉県野田市)での光景だ。

 生産担当者が手作業で、しかも一人ですべての部品を組み立てているのは、レーザー光を用いた溶接装置。1台当たり3000万~4000万円もする高付加価値製品だ。組み立ての工程数は400を超え、その作業手順書は200ページに達する。この製品を組み立てるためには、さぞかし熟練の技とノウハウが必要かと思いきや、実は違う。

 「ベテラン作業者に頼っていたのは、今年3月までの話。今では入社して1カ月もたっていない作業者にも、製品の組み立てをすべて任せられるようになった」と、同社の折笠親一 取締役執行役員常務 生産本部長は説明する。事実、取材当日に製品を組み立てていたのは、入社して2週間しかたっていない若者だった。

ベテランの“技”をITで伝授

 入社して間もない“素人”が、これまでベテランしか扱えなかった製品を組み立てられる秘密は、「デジタル屋台」と呼ぶ仕組みにある。動画や静止画で作業内容を教えるeラーニングと、電動ドライバや可動式の部品棚といった生産設備を融合したシステムだ。

 作業者はディスプレイに表示される図面や無線イヤホンを通じて流れる音声指示に従って、ネジなどの部品を棚から取り出したりネジを締めたりするだけで、ベテラン技術者と同じように製品を組み立てられる()。「部品を取り出す」、「ネジを締める」といった工程ごとに指示が出るため、一連の流れを作業者が覚える必要はない。

図●「デジタル屋台」の仕組み<br>ディスプレイや電動工具、部品棚のセンサーと連携しながら、作業手順を伝えたり作業品質をチェックしたりする
図●「デジタル屋台」の仕組み
ディスプレイや電動工具、部品棚のセンサーと連携しながら、作業手順を伝えたり作業品質をチェックしたりする
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 ミヤチテクノスでは従来、ベテラン技術者が1~2カ月つきっきりで、新人作業者を教育していた。一方、今年3月にデジタル屋台を導入してからは、工具の基本的な使い方を教えたら、すぐに生産現場に投入している。ベテラン技術者がつきっきりで教えたとしても、以前は製品を約30台組み立てる経験を積まないと、標準的な作業時間内に組み立てられるようにはならなかった。デジタル屋台を導入してからは、6台作るだけで、標準作業時間内で作業できるようになった。作業時間のムラがなくなったことで、生産効率も60%近く向上した。

 さらに、組み立て工程での作業ミスも劇的に減ったという。デジタル屋台には、事前に定義した作業手順と実際の作業内容をリアルタイムに突き合わせる機能が備わっているからだ。作業者が誤った種類の部品を取り出したり、ネジを締め忘れたりすると、ディスプレイにエラー画面を表示し、そこから先の作業に進めなくする。

 ネジ締めの最後に力を入れたかどうか(トルクアップしたかどうか)なども、電動ドライバに内蔵したトルクセンサーを通じて自動的に確認できる。「部品そのものの不具合を除けば、生産工程での作業ミスは“ゼロ”。作業ミスを後から見つけるのではなく、生産工程で発見できるようになった」と、レーザー生産部の山崎忠信部長はデジタル屋台の効果を絶賛する。

 デジタル屋台の効果を実感しているのは、ミヤチテクノスだけではない。大型プリンタを製造するローランドディー.ジー.(DG)や、工業用ミシンを作るJUKI、オムロンのセンサー装置工場など、ものづくりの先進企業が相次いでデジタル屋台を本格的に活用し始めている。狙いは工場の競争力を強化することだ。


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