事業の最前線にITが活用される今では、ユーザーの要求ははっきりしなくて当たり前。
そんな状態で満足なシステムを作るなんて不可能だ。
そもそもバグのないシステムは存在しない。
仕様面でも品質面でも、何らかの問題を抱えた“ダメシステム”になるのが宿命だ。
もはや完ぺきなシステムを目指すのは時間の無駄。
経営に貢献するためには、あえて逆の発想を持つべきだ。
必要なのは、たとえダメシステムであってもユーザーを納得させ、
実業務に適用させる戦略的な事前準備である。


(矢口 竜太郎)

◆リリース後を描け!
◆人も変えなきゃ意味がない
◆非機能要件は環境整備と表裏一体


【無料】サンプル版を差し上げます 本記事は日経コンピュータ8月1日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集1」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。 なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「どんなに最善を尽くしても、本番稼働時には絶対に障害は起こる。だったら稼働前から障害対策本部を準備しておいても不思議ではない」。積水化学工業の小笹淳二 情報システムグループ参事はこう言い切る。同社は今年1月に基幹システムを刷新。その際、稼働日前から障害が起きることを想定し、社内の会議室を障害対策本部(実際の名称は稼働監視本部)として準備。そこに誰が待機するかまであらかじめ決めておいた。

 準備したのは、会議室だけではない。稼働初日にユーザーからの障害の問い合わせがあれば、たとえ軽微な障害であっても「1日止まります」と答えるように決めた。「軽い障害でも『もうすぐ直る』などと答えれば、数時間後に『もう直ったか』と質問がくるはずだ。そうした受け答えに時間を費やす事態は避けたかった」(小笹参事)。

 積水化学がこうした対策を考えているのは、“2次災害”を避けるため。「障害対応をしている担当者には、その作業だけに専念してもらいたい。ユーザーの問い合わせ対応などで作業に集中できない環境にしてしまったら、直る障害も直らない」(寺嶋一郎情報システムグループ長)。

 たとえ一時的にユーザーに不都合が生じても、障害対応に専念したほうが結果として復旧への近道になるという判断だ。

不満以上のメリットを提示

 「前のシステムのほうがよかったという意見は出るはずだ。しかし、今回に限ってはどうしてもそう言わせないようにしたい」。首都圏、近畿圏で新築分譲マンションなどを手がける総合地所の山室和信 企画部部長は全社のパソコン約150台をシンクライアントに移行する際、こう考えた。山室部長はほぼ1人で全社のシステムを担当している。今後もシステム担当が大幅に増員されることはないだろう。企業システムのトレンドと同社の行く先を考えれば、クライアント管理を軽減するシンクライアントへ移行しておくべきだと思い、半ば強引に導入の承認を経営層から得たのだった。

 それだけに、ユーザーから「やはりパソコンのほうが使いやすい」といった意見が出てプロジェクトがとん挫するような事態は避けたかった。そこでユーザーの抵抗をどうにかして抑え込もうとし、多少の使いにくさがあっても帳消しにするような、わかりやすいメリットを提示することにした。

 通勤の電車の中などで考えた結果、シンクライアント導入を機にディスプレイを15インチ型から19インチ型に変更することにした。Excelの表を初期値で全画面表示すると、15インチ型では33行までしか表示できないが、19インチ型では46行まで表示できる。このことだけで「新システムに対するユーザーの印象が全く違う」(山室部長)。

 加えて、社長以下役職の高い順に段階的に導入していった。それによって社内のうわさをコントロールしようとしたのだ。

 06年7月から11月にかけ、東京本社の役職者を中心に40台を導入すると、画面の大きさや起動時間の速さなどで「新システムは素晴らしい」と評判になった。初期のバグはあったものの、ユーザーからのクレームはほとんどなかった。

想定した状況に仕向ける

 積水化学工業と総合地所の事例から学べるのは、システム本番稼働時の状況を想定し、それに向けた準備していたということだ。

 しかも2社は、想定したシナリオ通りに事態が進むように環境を整え、ユーザーを誘導した()。積水化学は一時的にユーザーからの問い合わせをシャットアウトし、総合地所は社内の雰囲気まで考慮した。その結果、プロジェクトを成功に導いた。

図●想定シナリオを複数用意し、そこから外れないように事前準備する
図●想定シナリオを複数用意し、そこから外れないように事前準備する

 積水化学工業の寺嶋情報システムグループ長は「実はそうした準備こそ、システム開発作業そのものよりも重要」と考える。「工場の生産管理において、加工・組み立てといった作業が滞りなく進むようにラインの配置や工具の置き場を決めることを環境整備と呼ぶ。システム開発も同様に環境整備が不可欠だ」と話す。

 とはいえ、こうした事例は意外に少ない。システム本番稼働に向けた“環境整備”は実は難しいからだ。半導体などコンピュータ機器の卸を手がけるトーメン エレクトロニクスの国原俊一IT推進部部長は「大規模なシステム刷新は当社では6~7年に一度。稼働前後に何をしたら有効かというノウハウはなかなかたまらない」と話す。

 今やシステム部門が本番稼働前にやるべき最も大事なことは、システムの利用環境を“作り出す”ことだ。通り一遍の導入準備作業やユーザー教育、障害対策だけでは不十分。いかにユーザーに使わせるか、実業務に適用するには何が足りないかも戦略的に考えなければならない。


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