この4月、新人がやってくる部門は多いことだろう。その新人に「書籍を読む“癖”を付けるべき」と薦める識者は多い。本誌コラムでもおなじみの有賀貞一CSKホールディングス代表取締役は新人に対して、「重ねて自分の身長に並ぶくらい、1年間で本を読め」と指導している。IT分野だけではない。社会人として読むべき本もある。では、どの本を選べばいいのか。IT業界の先達に聞いた。

(安東 一真)


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 「昨年読んだ本は150冊」(本誌連載でコミュニケーション術を指南した田中淳子 グローバルナレッジネットワーク 人材教育コンサルタント)。「毎年100冊は読んでいる」(UFJ日立システムズの社長も務める、三菱東京UFJ銀行の村林聡 執行役員システム部部長)。

 第一線で活躍するリーダーは、実に多くの書籍を読んでいる。こうした書籍を読む癖は、「新人のころから身に付ければ大きな糧となる」(有賀氏)。いまやインターネットでさまざまな情報を得られるが、「ネット検索では、そのとき調べたいことだけになりがち。多彩な分野から刺激を受け、広く学ぶことを意識すべき」(同)だ。

 そこで本誌やITproの連載でおなじみの経験豊富な5人に、お薦めの書籍を挙げてもらった。

 5人は、前出の有賀氏、田中氏のほか、“SEの神様”で知られる馬場史郎氏、プログラミング言語「Ruby」の生みの親まつもとゆきひろ氏、先進的なネットワーク構築を手掛けてきた松田次博NTTデータ 法人ビジネス事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長。数多くの書籍が挙がったなか、の6分野で7冊を厳選した。

図●新人が学ぶべきジャンル
図●新人が学ぶべきジャンル
ITについて学び、一般社会人として学ぶことがある

ITの基礎を“やさしく”学ぶ

 ITの基礎のなかでもハードウエアとソフトウエアについて学べる本として有賀氏が薦めるのが、『やさしいコンピュータ科学』(Alan W. Biermann著)だ。

 同書は、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の教養課程で、コンピュータの基礎を学ぶのに教科書として使われているという。題名の通り、記述自体は“やさしい”。数学やITを知らなくても読み進めることができる。しかし、かなり複雑なプログラムがどんどん登場し、「議論が深い。その点では少しもやさしくない」と有賀氏は語る。その上で、「米国の理工系大学では、このレベルが一般教養として教えられていることに驚く」という。もちろん、国内の大学でITの基礎を学んできた新人も多い。そうした人には、自分の一般教養を確かめながら読んでほしい。

 496ページにわたる本書のカバー範囲は広い。Pascalの最低限の文法を使って、さまざまなアルゴリズムを説明するほか、テキスト操作ではエディタ・プログラムを作成。複雑なデータ構造とサブルーチンからなるプログラム例として、「ハノイの塔」を解く。並列プログラミングやコンパイラの仕組みを解説し、スイッチ回路やトランジスタなどのハードウエアの基礎にも80ページを割いている。本書で、一通りのコンピュータの仕組みが理解できる。

 馬場氏も、コンピュータの仕組みを押さえることの重要性を説く。「基本が分かっていれば、機種やOSが変わっても概略がすぐに理解できる。プログラムの書き方やデータベースの使い方といった表面だけでは、それが難しい」(馬場氏)というわけだ。しかも、「こうなっているはずと推測できる能力が身に付くことも大きい」(同)という。

 この分野では、その馬場氏が薦めた『なぜシリーズ』(日経BP社)も挙げておきたい。今回、本誌が主催する「システム部長会」のメンバーにもお薦め書籍を聞いたが、推薦する声が多かったからだ。例えば『プログラムはなぜ動くのか』(矢沢久雄著、2001年)は、CPUの仕組みと、簡単なマシン語プログラムの説明から始める。同書を推薦するJTB情報システムの野々垣典男 執行役員グループIT推進室長は、「最近はコンピュータの動きを知らなくてもプログラムを書けてしまう。しかし基礎があれば、トラブル対応などで大きな差になる。基礎が分かったら、もっと知りたくなるという好循環が生まれればしめたもの」という。

組織でのソフト開発を学ぶ

 続いてソフトウエアの開発手法を学べる本として有賀氏が薦めるのは、『ずっと受けたかったソフトウェアエンジニアリングの授業1、2』(鶴保征城、駒谷昇一著)である。「これだけ実践的な内容を平易に学べる書籍は珍しい」(有賀氏)というものだ。

 著者の1人である、情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センターの鶴保征城所長は、「多くの大学ではプログラミングやコンピュータ・サイエンスの教育に重きが置かれ、実践的なソフトウエア開発の方法が教育されていない」との危機感を持っている。そこで2003年から高知工科大学でソフトウエア・エンジニアリングの講義を始めた。その内容をまとめたのが本書である。

 講義を受ける学生は、5~6人のグループに分かれて、実際のソフトウエア開発プロジェクトを進める。要件定義から外部設計、内部設計、プログラミング、単体/結合/統合テストまでを実体験できる内容で、本書もそれに沿って記述している。システム提案書や外部設計書、レビュー記録表などの実例も付録として掲載されている。

 ソフトウエア開発の実際の現場で役立つ記述が多い。「設計やプログラムのレビューには上司を入れないほうがいい。人事評価が気になって本来のレビューができなくなるから」「単体テストの項目数はステップ数の約5分の1が目安」といった具合だ。

 用いる開発手法は、ウォータフォール・モデルなどオーソドックスなものが中心。アジャイル開発やオブジェクト指向設計といった“応用編”は、この書籍だけでは学べない。しかし「ソフトウエア開発の基礎は同じ。まずはそこを固めることが大切」(有賀氏)だ。


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