国内のリソース、ノウハウしか持たない「日の丸ベンダー」で満足していた企業が海外ベンダーの活用に目覚め始めた。海外拠点のガバナンス強化、機動的なマンパワー調達、先進的なパッケージの導入ノウハウなど、日の丸ベンダーには対応できないニーズが日増しに大きくなっているからだ。

(大和田 尚孝、今井 俊之)

◆コストだけじゃない!鎖国を破る3つの理由
◆中国・インドだけじゃない!広がる選択肢
◆大航海時代に備えよ


【無料】サンプル版を差し上げます 本記事は日経コンピュータ3月1日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集1」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。 なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 欧米に本社を置くグローバル企業では、現地法人任せだったシステム運用を集約したり、開発や保守を全世界で一括発注したりするケースが珍しくない。どんな国・地域でも均質なサービスを提供する「グローバル・ベンダー」がIT戦略の実行を支えたからだ。

 逆に“IT鎖国”の環境に置かれた日本企業は、国境を越えて最適なリソースを最適な場所からダイナミックに提供する「グローバル・ソーシング」で後れを取った。それに気付いた企業が走り始めたのである。欧米のライバルと市場でぶつかる日系グローバル企業にとって、グローバル・ソーシングは今や必然の流れとなった。

 1990年代のオフショア・ブームと違うのは、開発だけでなく、要件定義から保守・運用まで業務の幅が拡大したこと。調達先もインド・中国にとどまらず、南アフリカやシンガポールなどに広がった。流通、保険、銀行といった国内市場中心の企業が動き始めたのも大きな変化だ。

 企業がITで競争力を高めるには、IT部門の目利き力が不可欠。フラット化する世界から目をそらし、鎖国を続けるIT部門に明日はない。

鎖国を破る3つの理由

図●日の丸ベンダーが応えられない3つの要望と、グローバル・ベンダーの解決策
図●日の丸ベンダーが応えられない3つの要望と、グローバル・ベンダーの解決策
[画像のクリックで拡大表示]

 「国産ベンダーとは、これからも情報交換などのお付き合いは続けたい」。スイスの製薬大手ノバルティスの日本法人、ノバルティス ファーマの沼英明 執行役員CIO(最高情報責任者)は、遠慮がちに話す。同社は現在、運用などインフラ関連の担当ベンダーを全面リプレースしている真っ最中だ。

 世界140カ国で事業展開するノバルティスは、2008年1月から1年がかりで、インフラ関連の委託先をグローバルで約40社から4社に絞り込む「ベストストラクチャー」計画を実行中。日本法人の取り組みは、この方針に従ったものだ。既存ベンダー40社には、国産勢が2~3社食い込んでいたが、2008年末までにお役御免となる。

 ベストストラクチャー計画の目的の1つは、コストの2けた削減だ。ただし、それだけではない。沼CIOは「世界の全拠点で、サービス品質の統一と向上を果たしたい」と説明する()。今までは各国がそれぞれシステム運用などの委託先を決めていたため、サービス品質がそろっていなかった。

140カ国を同一ベンダーがカバー

 ノバルティスが選んだ4社は、米IBM、英ブリティッシュ・テレコム(BT)、米ヒューレット・パッカード(HP)、英ボーダフォン。4社が事業展開していない国・地域は、ベンダーに現地の事業者と契約してもらい、均質なサービスを受ける。

 IBMに委託したのはシステム運用だ。IBMがインドに構えるグローバル・デリバリセンターからネットワーク経由で、世界各地にあるシステムのコマンド投入やジョブ実行などの操作をしてもらう。HPなどIBM以外のベンダーの施設に設置したシステムの運用も、すべてIBMに任せる。

 BTはネットワーク・サービス、HPはオフィス内の複合機などの運営を一手に担う。ボーダフォンはモバイル通信環境を提供する。

 ベストストラクチャー計画に先行して、ノバルティスは3年前から開発や保守の海外委託も進めてきた。インドのウィプロ・テクノロジーズ、インフォシス・テクノロジーズ、コグニザント・テクノロジー・ソリューションズの3社を使い分けている。2007年だけで、すでに世界で50億円以上の開発を委託している。

 開発契約は3社とグローバルで結んでいるが、個別のシステムの仕様は、各国のIT部門が地域の需要や特性などに応じて決める。ここで、グローバル契約が威力を発揮する。例えば米国法人にデータ・ウエアハウスの構築を先行させ、それが成功したら日本法人などが同じ開発元に同様のシステムを構築してもらうことも可能だ。

 受注側の体制はどうなっているのか。例えばウィプロは、220人強の技術者をノバルティス専用に確保している。インド・コルカタで開発チームを率いるソームナート・ムカルジー氏は、「各国の開発案件を同じ開発基準、同じ開発ツール、同じ技術者で進めている」と話す。システム全体の品質を均一に仕上げる工夫だ。

 沼CIOは「各国のIT部門の独自性を生かしつつ、グローバルでシステム開発のガバナンスを効かせるのが狙いだ」と説明する。世界140カ国をカバーするグローバル・ベンダーでなければ、ノバルティスの仕事を受注するチャンスはない。

ダイナミックに人材調達したい

 「技術者を来週100人増やしてほしいと電話で頼めば、すぐに対応してもらえる」。東芝の峯村正樹ISセンター長は、インド系グローバル・ベンダーについて、最大の魅力は“動員力”にあると説明する。

 東芝は社内システム関連で2000人のIT技術者を社外から調達している。規模は変動するが、平均するとその2割程度をインド系ベンダーが供給しているとみられる。領域は、社内分社のセミコンダクター社やデジタルメディアネットワーク社におけるSCMシステムの開発、運用保守など多岐にわたる。インフォシスと、インド最大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)を主力として活用している。

 400人というのは通常時。グローバルに事業展開している東芝だけに、開発が佳境に差し掛かった際には、100人単位の増員が必要になることもある。電話1本で、翌週に技術者100人を追加できるような日の丸ベンダーは、まず存在しない。

 開発担当者だけでなく、サポート要員としてもインド人技術者を活用している。というのも、東芝のSCMシステムは欧米拠点でも使うグローバル・システムだ。海外の利用者向けに、英語で24時間のサポート体制を整える必要がある。峯村センター長は、「国内ベンダーには難しい要件だ」と断言する。

 ソニーのCIOである長谷島眞時ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長も、「インド系ベンダーの動員力は魅力だ」と証言する。ソニーは半導体事業のSCMシステムの開発、保守などをインフォシスに委託している。2000年ごろ、プロジェクトの進行が遅れて稼働延期のピンチを迎えた際に、テスト要員として迎え入れたのが付き合いの始まりだ。インド人の技術者たちはテストをこなして巻き返しに貢献しながら、システムの概要を貪欲に吸収した。稼働後に機能強化の案件を少しずつ請け負うようになり、徐々に受注量を拡大。現在では、バンガロールにあるインフォシスの拠点で300人以上の技術者がソニー向けに働いている。

厚木に日産「サティヤム部屋」

 神奈川・厚木にある日産自動車のシステム開発拠点。IT部門が入居するビルの1階に、「サティヤム部屋」と呼ばれる開発ルームがある。日産から国内外のシステム開発、保守を引き受けるサティヤム・コンピュータ・サービスの技術者の事務所だ。40人前後のインド人が詰めている。

 同様に欧州や米国でも、サティヤムは日産の拠点にオンサイト要員を送り込んでいる。加えてインドのチェンナイには500人規模の日産チームを配置。日産専用のビルを構え、オンサイト要員と連携しながら、日産の日米欧における開発、保守をこなしている。

 日産の仕事は、基本的に仕様書も、話す言葉もすべて英語だ。日米欧とインドに、英語ができる技術者をこれだけの数確保するのは、日の丸ベンダーには無理な話だ。

 日産は日本企業のなかでもグローバル・ソーシングに積極的なことで有名だ。すでに開発、保守の30%強にインドのリソースを活用。行徳セルソ執行役員CIOグローバル情報システム本部長は、「2011年3月までの5カ年IT中期計画『BEST』では、最低でも40%以上まで高めたい」と意気込む。

保守サービスを使い技術者を倍増

 アフラック日本社は、国内ベンダー55社に委託していたアプリケーションの保守を、日本IBM、アクセンチュア、NTTデータの3社に切り替えた。大連と北京にある3社の拠点で、中国人技術者にアプリケーションの保守を任せたのだ。その結果、開発リソースは2007年に8400人月と、委託前の2005年に比べて倍増した。

 IT部門を率いる福島行男 執行役員は、保守を中国に移管した理由について「国内の保守要員を新規開発に回すためだ」と語る。2006年の時点で、アフラック日本社のIT部門は55社の国内ベンダーを使い、2100万ステップに及ぶアプリケーションの法改正や制度変更など日々の保守に追われていた。国内ベンダーは人手不足で増員が難しく、企画部門などの新規開発ニーズに応え切れなかった。

 2006年1月に日本IBMからアフラック日本社に転じた福島執行役員は、「銀行窓販や郵政民営化など、業界の変化に迅速に対応するには、抜本的なIT部門の変革が必要だ」と考え、保守を海外にシフトする覚悟を決めた。

 アプリケーションの保守を3社に分割発注したのはIBM時代の経験に基づく。「1社にすべて委託すると、コストやサービスレベルの妥当性が分 からなくなる」(福島執行役員)と判断したからだ。ただし委託先が増えると管理の負担が重くなる。そこで、プロジェクトが先行していたアクセンチュアとの契約内容や手続きを「標準」と決め、日本IBMやNTTデータにも受け入れてもらった。各社と結ぶ「アプリケーション・マネジメント・サービス(AMS)」の契約もアクセンチュアとの内容にそろえさせた。

 サービス拠点に中国を選んだのは「技術者の日本語能力を評価したから」(福島執行役員)。仕様書は国内ベンダーと同様に日本語で書いてもらっている。2008年1月時点で、合計360人の中国人技術者を調達できた。「利用部門からのシステム化提案を、人手不足を理由に断ることはなくなった」と福島執行役員は満足げだ。移管が完了した2008年からは、国内ベンダーを十数社まで絞り込む計画だ。アフラックは米国に本社を構え、日米で事業展開している。事業規模は日本が米国を上回ることなどから、保守の中国シフトなどのIT戦略は日本社が独自に決めた。

Java技術者をインドで獲得

 ヤマハ発動機は、英語ができるJava技術者をインドで調達し始めた。システム子会社の現地法人であるヤマハモーターソリューションインディアでITエンジニア110人を雇用している。

 目的は、グローバル標準システムの新規開発だ。ヤマハ発は2008年から、国内外の拠点における生産、販売、物流、保守サービスなど一連の業務を担うシステムの開発を本格化する。新システムは、「世界で使うことを前提に仕様書は英語で書く」(プロセス・IT部の鈴木満義ITグローバル戦略グループリーダー)。

 ヤマハ発のシステム開発のコンセプトは自前主義だ。「生産や販売など自社の強みにかかわるシステムは、ERP(統合基幹業務システム)パッケージは使わない」(原田丈也ITマネジメント戦略グループリーダー)。その方針を貫いて、グローバル標準システムはJavaを使い自前で開発していく。

 となると、英語ができるJava技術者が大量に必要だ。だが、日本での調達は難しい。そこでインドに目を付けたのだ。鈴木グループリーダーは、「インド人技術者を、グローバル版の開発と欧米での導入の原動力にしたい」と期待を寄せる。


続きは日経コンピュータ3月1日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバーをご利用ください。