自宅や社外でも、オフィスと同じ環境で仕事ができる――。こうしたネットワーク環境を導入し、ワークスタイルの変革に取り組む企業が増え始めた。松下電器産業や日立製作所、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどが、数千~数万人の規模で取り組んでいる。こうした環境を作ることは技術的には難しくない。ただし、1990年代後半に「テレワーク」が話題を集めたものの定着しなかったように、インフラを導入すればよいというわけではない。先進企業の事例を基に、新しい働き方「eワークスタイル」の実像に迫る。

(安井 功)


【無料】サンプル版を差し上げます 本記事は日経コンピュータ2月15日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集2」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。 なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「ネットワークにつながっていれば、どこにいても会社と同じように仕事ができる。1人である程度の業務を完結する“一人一業”という仕事のスタイルに変化してきたことから、膝を突き合わせて仕事をするばかりが働くスタイルではなくなった」――。松下電器産業の永木浩子e-Work推進室長は、従業員の働き方について、こう語る。

 同社は2007年4月から、仕事の効率向上などを目指す働き方改善の一環として、オフィスでも、外出先でも、自宅でも、働く場所を問わない「e-Work@Home」制度を導入している。製造現場など、働く場所が限定される人は除くが、外出が多い従業員だけでなく、経理や総務といったオフィス勤務者まで幅広い職種の約3万人が対象だ。2008年1月時点で、約800人がe-Work@Home制度を活用しているという。

 インターネットや携帯電話を活用し、「社外でも仕事ができる制度を作る」といった、いわゆる“eワークスタイル”を導入する動きは、松下電器以外の企業でも広がっている。日立システムアンドサービスは、2008年の夏をメドに、全社員4400人を対象にした制度を開始する予定だ。日本ヒューレット・パッカードも、2007年11月から、限定していた制度の対象者を全社員の5600人に拡大した。さらに、ジョンソン・エンド・ジョンソンは2009年を目標に、グループ会社全6社への導入準備を進めている。富士通は、2007年12月に10人からスタートしたトライアルを、2008年2月に100~200人へ対象を拡大。近い将来には、全社員約3万人を対象に導入を進める方針だ。

場所と時間の自由度がカギ

 「在宅勤務というと、週5日すべて自宅で仕事をしなくてはいけない働き方なのかというイメージが先行し、誤解されていた。実際は週に1~2日程度の人が多かった」と富士通 総務人事部の塩野典子 労政部担当部長は、トライアルを開始したころを振り返る。

 日本テレワーク協会の柴田明 事務局長は、このような「在宅勤務」に対する誤解に警鐘を鳴らす。在宅勤務は、働く場所と、働く時間の双方の自由度を高めた新たな働き方“eワークスタイル”の1つにすぎない()。

図●eワークスタイルの概念
図●eワークスタイルの概念
ブロードバンドや無線ネットワークなどのインフラが整ったことで、オフィスだけでなく、自宅や出先なども働く場所の1つとしてつながった。その結果、オフィスで働く必然性が低くなり、場所と時間にとらわれない働き方が必要になってきた

 企業はこれまで、育児・介護制度、フレックスタイム制度など、人事的な対応で、従業員の時間の自由度を高めてきた。一方、携帯電話やノートパソコン、ブロードバンドの普及によって、外出が多い営業職の人などは、場所の自由度が高まり、どこでも仕事ができる環境を手に入れた。

 そして今、企業は人事面とITインフラ面の双方から「新たな働き方が求められている」と日本テレワーク協会の柴田事務局長は指摘する。これまで組織として1カ所に集中化していた業務は、企業のグローバル化とインフラの整備によって、個別化・分散化が進み、働く場所は重要ではなくなってきた。一方で、ホワイトカラーを中心に、社員の多能工化が進み、ある程度の業務を1人で完結できるようになった。こうした状況では、資料作りや企画の立案、情報収集・分析など、1人で集中して取り組む仕事は、オフィスよりも自宅でこなしたほうが効率が良い。

 企業は、「誰でも、どこからでも、オフィスと同じ環境で仕事ができる新しい働き方」を取り入れて、生産性の向上や人材の確保を進めなくては、「5年後、10年後に競争力を失ってしまうことになりかねない」(柴田事務局長)。

仕事の変革はITインフラの整備から

 eワークスタイルを実現するためには、ITインフラの整備と人事的な環境整備が必要だ。

 ITインフラの整備として、社内LANへ接続する環境が前提となる。どこでも、いつでも働くということは、常に同じ仕事環境が利用できること 理想だからだ。一昔前は、リモート・アクセス・サーバーなど専用の機器が必要だったが、今ではインターネットVPNが利用できるため、このハードルは大きく下がった。

 さらに、もう1つ必要なことは、業務で扱う情報の電子化を進めることだ。松下電器や日立製作所、NECは、eワークスタイルの基盤としてペーパーレス化を同時に進めていた。文書ファイルや電子メールといった個人のデータだけでなく、スケジュール管理表や人事・経理システムなど、業務で使用するものを電子化しておけば、常に同じ環境をパソコン上に再現できる。

 ただし、完全にペーパーレス化しなくてはeワークスタイルが実現できないということではない。「eワークスタイルは仕事のやり方を便利にするためのもの。従来の仕事の進め方をできるだけ変えずに、通常業務の延長でITツールを活用するのが重要」とNEC 企業ソリューション企画本部の岩田真由美 主任は助言する。文書作成ソフトの利用や電子メール、グループウエアでの情報共有程度でもよいのだ。

 携帯電話や光回線といったブロードバンドの普及で、ネットワークのインフラはすでに整っている場合が多い。社内のネットワークが既に構築できていれば、あとは社外のインフラと接続する環境を準備すればよい。


続きは日経コンピュータ2月1日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバーをご利用ください。