第2回「企業のIT力」ランキングで、調査に回答した大手企業270社の頂点に立ったのは松下電器産業だった。取り扱い商品が多岐にわたる総合電機メーカーながら、全体最適の視点でシステムを構築。IT部門が経営層と一体となって長期にわたり全社の業務改革を推進していることなどが高い評価につながった。今回は、自動車や電機、精密機械、証券、銀行、製薬、建設など14の業種別ランキングを作成、それぞれの業界におけるIT力トップ企業の強さに迫る。

(大和田 尚孝、岡本 藍、吉田 洋平、今井 俊之)

総合トップ松下のIT革新力
これが14業種のナンバーワン企業だ
「IT力」を見る8つの視点と270社の実態
調査で判明した14の事実
IT担当者が選んだ「IT力」先進イメージ企業
時価総額と相関強まる
全公開、270社ランキング


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ12月10日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 第2回「企業のIT力」ランキング、ナンバーワンは松下電器産業――。上場企業、非上場有力企業270社の協力で本誌が独自に算出した「企業のIT力」で総合トップとなった松下電器産業は、取り扱い商品が多岐にわたる総合電機メーカーながら、全体最適の視点でシステムを構築。SOA(サービス指向アーキテクチャ)など新技術の導入にも積極的だった(図1)。IT部門が経営層と一体となり長期にわたって全社の業務改革を推進している点は、第1回ランキング(日経コンピュータ2006年10月2日号に掲載)で総合トップとなったリコーと共通する。

図1●総合ランキング上位10社
図1●総合ランキング上位10社

 IT力は、「経営層との関係作り」「人材育成」「IT投資の管理」「ベンダー選定」「利用部門とのコミュニケーション」「先進技術の導入」など8つの柱から算出した。業界によってIT部門が取り組むべき課題の優先順位が異なるため、本特集では自動車や精密機械、電機、非鉄金属・鉄鋼、証券、銀行、製薬、建設など14の業種別ランキングを中心に結果を紹介していく。

 左の図は、IT力を構成する柱のうち、「稼働しているシステムの機能」という“攻め”のIT力を縦軸に、「セキュリティ管理・システム運用」という“守り”のIT力を横軸に取り、回答企業全270社をマッピングしたものだ。業界トップの企業は攻めと守りのIT力がいずれも高いことが分かる。

 このランキングを作成した本来の目的は、IT力の優れた企業を見つけ出すことにある。松下電器産業をはじめとする各業界のIT力トップ企業の具体的な取り組みをみていこう。

総合トップ松下のIT改革力

 2007年10月、松下電器産業は社内分社のIT部門「コーポレート情報システム社(CISC)」の組織改革に乗り出した。要件定義、設計・開発、システム基盤の構築という具合に、作業別に分かれていた3組織を解体し、マーケティング・ロジスティクス、開発生産、インフラという3種類の「商品」別に分け直したのだ(図2)。

図2●松下電器産業は2007年10月、社内分社したIT 部門「コーポレート情報システム社(CISC)」の組織を再編した
図2●松下電器産業は2007年10月、社内分社したIT 部門「コーポレート情報システム社(CISC)」の組織を再編した
CRMやSCMなど構築するシステムを「商品」と定義し、商品別の組織を作った

 ここで言う商品とは、松下が製造・販売する薄型テレビなどのことではない。CISCが、「AVC」や「半導体」など社内に14種類ある各ドメインに提供するシステムあるいはサービスを指す。

 松下の牧田孝衞情報システム担当役員は、「ドメインの壁を超えた業務ノウハウの集約と蓄積を目指す」と意気込む。例えば、マーケティング・ロジスティクスソリューションビジネスユニットにおける「CRM(顧客情報管理)」という商品であれば、CRMシステムに関係する14ドメインすべての開発案件を引き受ける。各ドメインのニーズを満たすシステムを構築しながら、複数のドメインに共通する機能を抜き出し、CRMパッケージ・ソフトを作っていく。

 パッケージには、CRMで先行するドメインのノウハウが蓄積する。CRMの整備が遅れている別のドメインに展開すれば、「14ドメイン全体におけるCRMの底上げにつながる」(本社情報企画グループの徳田信二政策・制度総括推進リーダー)。パッケージ化によりシステム構築の効率も高まる。

業務の標準化を、もう一歩進める

 IT部門の組織改革は、松下が中村邦夫社長(現会長)時代の2000年度から進めてきたITによる業務改革「IT革新」プロジェクトが、新しいフェーズに差し掛かったことを表している。

 松下は2007年3月までの6年間で、IT革新プロジェクトに2133億円を投入。SCM(サプライチェーン・マネジメント)システムの強化などにより、生産リードタイムの短縮や在庫の削減、納品サイクルの短縮など、2253億円の経営成果を生み出した。海外のグループ企業を含めた収益データの一元管理なども実現。IT力の8つの柱のうち「稼働しているシステムの機能」の偏差値が76.69に達するレベルまで、システムの機能を引き上げた。

 2004年度には、システムの全体最適化に向けた設計思想「CITA(コーポレートITアーキテクチャ)」を定義。製販連携や調達先との情報共有など、14ドメインに共通する合計57の標準プロセスを固め、その機能を実装した標準システムの構築を進めている。同時に、各ドメインが標準システムを利用しやすいように、SOA(サービス指向アーキテクチャ)の概念を導入。標準システムをサービスとして利用できるようにする。IT力の柱における「先進技術の導入」の偏差値が78.62というのは、海外の拠点を含むグローバルな規模でSOAの導入を推進していることなどの結果だ。

 一連の取り組みによって、全社に共通する領域のプロセスは定義できた。だが、それで松下流のEA(エンタープライズ・アーキテクチャ)が完成するかといえば、そうではない。例えば、14ドメインのうち3ドメインに共通する業務プロセスは、CITAによる統制の対象外だ。この部分には、まだ標準化の余地がある。

 こうした、一部のドメインだけに共通する業務プロセスの標準化とレベルアップを目指すのが、冒頭の組織改革の目的だ。徳田リーダーは、「これまでの組織だと、ITスキルの専門性は高まったが、業務ノウハウを蓄積しにくかった」と分析。「組織改革により、CITAで定めた全社共通領域のさらに1段上となるドメイン共通の領域で、業務の標準化を目指す」と力を込める。

IT部門も「ものづくり」強化が軸に

 IT部門における組織改革のもう1つの特徴は、システムもしくは提供サービスを、あえて「商品」と呼ぶ点にある。狙いは、IT部門にも松下の強みである「ものづくり」を意識した仕事の進め方を導入することだ。

 松下は2007年4月からの新3カ年経営計画「GP3」のスタートに併せて、大坪文雄社長を本部長とする「ものづくりイノベーション本部」を新設。「破壊」「創造」のフェーズから、ものづくりのさらなる強化による「成長」を目指す段階に入った。CISCの組織改革も、この戦略に沿う形だ。牧田役員とCISCの福井靖知社長などが、経営方針に則したCISCの姿を模索した結果である。単なるIT部門の組織変更ではないのだ。

 ものづくりを意識した仕事の進め方とは、具体的にどういう意味か。牧田役員は、「個人のスキルによらず、誰でも一定以上の仕事ができるプロセスを確立すること。さらにプロセスを通じて、ノウハウを蓄積することだ」と説明する。このプロセスが、CISCの商品別チームにおける仕事の進め方という位置付けである。

 ものづくり強化に向けて大坪社長が掲げるキーワードは「後退なき成長」だ。一歩ずつ着実に成長できる体制を築くという意味である。「これまでの仕事の進め方は、属人的な面があり、スキルを持つ担当者がいなくなるとノウハウを継承できなくなる恐れがあった」(徳田リーダー)。パッケージへのノウハウ蓄積は、「後退なき成長」路線をIT部門として具現化したものだ。

グローバル人材の育成に本腰

 松下のIT力は、先進技術の導入、稼働しているシステムの機能に続いて「人材育成」も76.52と高い。偏差値が示すように、IT部員の育成を体系的に進めている。ユーザー企業向けのITSS(ITスキル標準)である「UISS」に準拠したスキルマップを定めているほか、利用部門との人事交流も制度化している。プロジェクトマネジャの勉強会などコミュニティ活動も盛んだ。

 これだけなら、それほど珍しいことではない。CISCを含む松下のIT部門における人材育成の特徴は、海外拠点での勤務経験者が、国内のIT部員1500人の1割近くにも上る点だ。例えば牧田役員なら、1973年からの4年強と1994年からの3年間、米国子会社のIT部門に従事した経験を持つ。1回目はIT部員として現地のITインフラ整備に携わり、2回目はCIO(最高情報責任者)としてERP(統合基幹業務システム)パッケージの全面導入プロジェクトの陣頭指揮を執った。

 世界で製品を製造・販売する松下は、北米、中国、欧州といった地域別の統括会社に、地域を管轄するIT部門を設けている。これらの統括会社に数年間出向するキャリアパスを用意しているのだ。海外での実務経験があるIT部員を生かして、今後は海外拠点のシステム強化に打って出る。


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