全社から生産、在庫、販売計画の基になるデータをリアルタイムに集めて最適のサプライチェーンを実現しようという企業が増えている。グローバルな競争環境を生き残るために、富士フイルムや日本ケミコン、オンワード樫山などが“リアルタイムSCM”に挑み始めた。コマツのようにICタグを使ってSCMを改善しようという企業もある。

(安東 一真)

相手は世界、速さが強さになる
不断の努力でリアルタイム目指す
ICタグの情物一致でモノの動きを把握


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ8月6日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「今から取り組むのは、経営のためのSCM(サプライチェーン・マネジメント)だ。物を管理するだけなら、ある程度はできるようになった」――。リコーの大門一永SCM推進室室長は、過去8年にわたる同社のSCM改革をこう総括する。

 これからリコーが目指すのは、モノ(商品)にかかわる全部門を巻き込んだSCMだ。とかく生産や販売の現場だけで進みがちな動きを全社に広げる。

 カギになるのは、最適のサプライチェーンを実現する生産、在庫、販売計画の基となるデータを、全社からリアルタイムに集めること。つまり、“リアルタイムSCM”を実現するシステムが求められている。

 製造業が、ITを利用したSCMに注目したのは1990年代後半のこと。当時は需要予測システムを構築し、売れる分だけ製品を作って、在庫を削減することが最大の目的だった。だが実際にどれだけの製品が売れるのかを予測するのは難しい。思ったような効果が上がらず、ブームは下火になった。

 今のSCMは違う。ものづくりの現場と一緒になって、SCMを最適化するために必要な情報を正確に把握するための改善を継続する。派手ではないが、地に足のついたやり方だ。

 リコーにとどまらず、先進企業はさまざまな方法でSCM改革に取り組み始めた。物流システムの改善や取引先にまで対象は広がる。コマツのようにICタグを活用する企業も現れた。

 取材を基に、先進企業のSCMへの取り組みを追う。

相手は世界、速さが強さになる

 今、多くの製造業が、サプライチェーンの全世界最適化という課題に直面している。SCMのコンサルティング・サービスを手掛ける、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)の安瀬和博サプライチェーン・マネジメント担当パートナー執行役員は、「部品の調達先も生産拠点も客先も、複数の国にわたるのが当然のこととなった。グローバルを意識せずに済む案件はほとんどない」と話す。

 言語も文化も異なる世界を相手にしたSCMは容易ではない。常識を変える新たな規制、世界規模の新製品競争、世界の裏側にまで広がる販社との関係維持などの問題が立ちはだかる。

 過酷な現実に打ち勝つべく、社内外から調達や生産、販売に関するデータを可能な限り迅速に集める。これらのデータを基に社内の専門家の力を結集させることで、多くの企業がSCMの最適化に挑んでいる。

 実は生産や販売の現場の変化をとらえ、的確に判断するために必要なのは社内の専門家の“判断”だ。90年代後半から2000年過ぎまで盛んだった需要予測ブームの経験から、企業はこのことを学んだ。

日本ケミコン:RoHS指令がモノの流れを変えた

 情報家電市場の伸びとともに、4期連続の増収増益を続けてきたコンデンサ最大手の日本ケミコン。2006年7月に欧州で適用された環境規制「RoHS」が、同社のSCMのあり方を大きく変えることになった。

 電子機器や部品などを対象とする有害物質の使用を規制するRoHSは、日本ケミコンの製造するコンデンサを直撃する。単純に考えれば、コンデンサをRoHSに対応させることが結論になるが、現実は違う。RoHSによって、日本ケミコンは「数万点に及ぶほとんどのコンデンサについて、RoHS対応製品と未対応製品の双方を生産する必要に迫られた」(日本ケミコンの高橋幸定SCM推進部長)のだ。

 RoHSが使用を禁じているとはいえ、加工が容易な鉛入り製品のニーズは当面の間残る。ただ未対応製品へのニーズは減っていき、最終的に未対応製品の市場は消える。需要を見誤ると、未対応のコンデンサは大量の不良在庫になる恐れがあった。

 かといって欠品による販売機会の損失は避けなければならない。同社は、生産と販売計画の精度を月次から週次に変更させることで、この難局を乗り切ることを決断した。

図1●日本ケミコンは製販情報をグラフ化して見やすく。画面では(1)~(4)という製品の種類ごとに、受注に対して生産能力が十分な状態かどうか示している。グラフでは赤い(1)の製品の生産能力が当面大幅に不足しており、別工場での生産を指示するといった対策が必要だと分かる
 月次から週次への変更の生命線となたのが、世界の十数社の販社と11工場から受注予測や在庫量、生産計画をリアルタイムに収集し、分析できるシステムである()。分析結果に従って、工場では日次で生産量を調整する。受注が減少しそうであれば、生産を抑えるといった具合だ。

 06年9月に国内の拠点で稼働させ、07年1月に全世界の十数拠点に展開。これにより、グローバルな生産(P)、販売(S)、在庫(I)の情報を収集できるようにしている。従来は販社の在庫情報を月次でしか把握できなかっただけでなく、数週間先までの受注予測データを知ろうとすれば、個別に問い合わせる必要があった。

工場の空き具合がひと目で分かる

 今回のシステムによって、日次で実施する生産調整の作業も簡単になった。各工場の生産計画を、さまざまなグラフを通して見通せるようになったためである。

 需要が生産能力を上回っている場合は、それを直ちに把握すると同時に、他工場の生産余力を調べ、割り振ることができる。これまでは、担当者が他の工場に個別に連絡して対応できるかどうかを確認しなければならなかった。

 システムを開発しただけで、精度の高いSCMが可能になるわけではない。システム化に備えて、日本ケミコンは05年4月に、SCM本部を立ち上げ、国内外の販社と工場で、データの意味を統一していった。

 それまでは、「納期」という一つのデータを取っても、工場の出荷日だったり、販社や顧客が受け取る日だったりするなど、拠点ごとに微妙に意味が違っていた。前提となる事実が違ってれば、いくらシステムにデータが集まっても正確な分析は不可能だ。

 06年3月に、データの共通化が一段落したのを待って、需給調整を月次から週次へと移行させていった。まず、Excel形式のファイルなどで、各工場の生産計画のやり取りから始めた。

 本格稼働から半年が経過しても、同社ではまだ在庫全体の削減にはつながっていない。ただこれは、情報家電などの需要の伸びを見越して、戦略的に在庫を積み増しているからである。「目標としてきた死に筋の無駄な在庫は、減りつつある」と高橋推進部長は自信を見せる。


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