社会インフラの大規模障害が相次ぐ一方で、金融機関を中心に多くの企業が基幹系の刷新を控えている。今、「オープン系でミッション・クリティカルな巨大システムをいかに構築し安定稼働させるか」は、喫緊の課題といえる。それを実現している“伝説のプロジェクト”がある。NTTドコモのiモードを支える「CiRCUS」だ。今なお進化を続けるCiRCUSのプロジェクトから学ぶべき点は多い。

(菊池 隆裕、小原 忍)

プロローグ:伝説は“どん底”から始まった
品質管理:「うまくいく理由」も証明
モチベーション:一体感が力を引き出す


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 全日本空輸(ANA)の国内線システムやNTT東日本・西日本のIP電話網、JR東日本・東海・西日本の予約システムなど、この2カ月足らずで社会インフラの大規模障害が相次いだ。一方で金融機関を中心に、多くの企業が今後数年の間に基幹系を刷新しようとしている。まさに今、「オープン系で構築したミッション・クリティカルな巨大システムをいかに安定稼働させるか」は喫緊の課題といえる。

 そのような中、4700万を超えるユーザーを抱え、1秒間に数万件にも上るトランザクションを処理しながら365日24時間安定稼働を続けている情報システムがある。NTTドコモのiモードを支える「CiRCUS(サーカス)」だ。旧システムのトラブルを踏まえて全面刷新し、約400台のサーバーで2003年春に稼働したCiRCUSは、いまや1000台近くのサーバーで黙々と動き続けている。その構築や運用の裏には、厳格なプロジェクトマネジメントがある。“伝説のプロジェクト”に学ぶべきことは多い。

伝説は“どん底”から始まった

 『NTTドコモの「iモード」が思わぬトラブルに見舞われている。最近になって回線が不通になるなど障害が相次いでいることを受け、販売代理店へのiモード端末の出荷台数を抑えるなど、営業活動に自らブレーキをかけざるを得ない状況に追い込まれた。…』

 2000年5月8日付の日経産業新聞に掲載された記事の冒頭だ。前年の1999年2月22日にサービスを開始したiモードは利用者が急増。その影響で同年7月くらいから不通になる障害が発生し始める。2000年3月28日にはついに全国規模で不通となり、546万台に影響が出た。4月に入るとシステムはさらに不安定度を増し、『ドコモ「iモード」またトラブル発生――全国600万台以上に影響』(4月18日、日本経済新聞 朝刊)など、連日のようにトラブルが報じられた。

 その2000年春、NTTドコモ情報システム部の伊藤孝之は、iモードを所管するゲートウェイビジネス部への異動を命じられる。社内システムにおいてトラブル・シューティングの経験が豊富な伊藤に期待されたのは、システムの安定化だった。

 伊藤の着任初日も、当時のiモード基盤システム「GRIMM(グリム)」は不安定な状態に陥った。「何とかしてくれ」。こんな悲鳴が、そこかしこから聞こえてくるようだった。同時期に情報システム部から異動した宮本英典、奈須徹と共に原因を分析し修復した伊藤は「この事故の原因は、アプリケーションの考慮もれである」と、幹部に電子メールで報告した。

 この年の後半、NTTドコモはGRIMMに代わる新システムの構築を決断する。GRIMMの機能を拡張するという選択肢もあったが、根本の仕組みから変える必要があるため、全面刷新を決めた。

休暇プランが吹き飛ぶ

 ちょうどそのころ、NTTデータの羽生田文晴は年末年始の休暇をどう過ごそうかと思いを巡らせていた。

 IT業界で働く者にとって、2000年は忘れることができない年である。1999年から2000年に変わるタイミングでプログラムが誤作動する可能性、いわゆる「2000年問題」への対応に追われたからだ。羽生田も99年の年末は2000年問題対応に忙殺され、正月休みはなかった。「今度の年末年始は去年の分まで楽しもう」、そう考えていた。

写真●4回にわたった移行のスケジュール表は分刻みの巨大なものとなった。当時のスケジュール表を壁に張ったが、すべては張りきれなかった(右下の写真は張れなかったもの)
 しかし、それはかなわなかった。iモード基盤システム刷新プロジェクトへの応札のための提案書作成を命じられたからである。休暇がとれないこと以上に衝撃的だったのは、NTTドコモがRFP(提案依頼書)に記した内容である。要求レベルが非常に高いのだ。「1秒当たり数万以上のトランザクションを処理できること」「1年365日、24時間止めないこと」。これが2本柱。しかも、開発期間は1年だという。

 NTTデータは、ハードウエアやインターネットに詳しいNECと共同で提案書を作成することにした。当然のことながら、関心を持ったのはNTTデータとNECのグループだけでない。国内外の複数のベンダーが提案書を寄せてきたが、各グループのプレゼンテーションを経て、最終的にNTTデータとNECの提案が選ばれた。

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 それから2年、短期間でのシステム開発と試験、そして分刻みの引っ越し作業を経て、新システム「CiRCUS」は産声を上げる(写真)。以来、当時の連日のトラブルが嘘のようにiモードは安定稼働を続けている。当然、この間に機能を拡張し、機能数は当時の2倍になっているにもかかわらず、である。安定した基盤を短期で構築、移行し、機能拡張する秘訣はどこにあるのだろうか。


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