経営課題、業務課題を解決するシステムを企画する「IT企画人材」が、いま一層必要とされてきている。その育成に向け、実践訓練を取り入れる企業が増え始めた。人材育成の行き詰まり、すなわち、従来のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は機能せず、講座教育では現場で役立たないという状況を、打開する。先行企業各社による実践訓練の現場から、ノウハウを探る。

(井上 英明、森側 真一)

我が社はこうして育成
いま求められる、本質を把握する力
現場から学ぶ「三つの訓練法の勘所」


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 「IT企画の人材育成に、これといった方法がない」。エーザイの大杉隆 システム企画部長は、いま抱える悩みをこう打ち明ける。

 大杉部長は、システム企画部の人材育成について部員たちと何度か話し合ってきた。その場の一つが、3カ月に一度、同社のシステム企画部員約30人が集まって自由に意見を交わす「夕焼け懇談会」。会では、“ITを活用して自社のビジネスを発展させられる人材”が常に話題に上る。その人材像は、「夢と戦略性を持ってビジネスを変えられる人」、「本質を見極められる人」とイメージが出てくる。

 ところが、「育成方法は?」という話題に及ぶと、だれからもこれといった策が出てこない。「“先輩のワザを盗んで育つ”という昔ながらの方法しかないのが現状」と大杉部長は言う。

 ソフトバンクテレコムの松井誠 情報システム本部長も、同様な悩みを持つ1人だ。「“口癖になってますよ”と部員にからかわれるほど、“ダメだ”といつも言っている」。松井本部長は、10人の企画部員が出す企画内容についてレビューを行い、IT企画の作り方の指導に当たる。IT企画に必要なスキルは明文化できないので、仕事を通じて伝えていく必要がある。

 しかし、「いま現場ではそれができていない。解決のための答えがないので、自分だけでもダメだと言い続けて改善を促すしかない」(同)。次世代の指導者を育てなければ、IT企画人材の先細りは避けられない。

 経営や業務の課題を分析し、それを解決するための業務プロセスやシステムを設計できる人材――多くの情報システム部門ではここ数年、“経営とITの一体化”を背景に、こうしたIT企画人材の育成に悩みを持ち続けてきた。

悩みは年々深刻に

図●IT企画の人材不足に苦悩する情報システム部門
 その悩みは、年々深刻になっている()。野村総合研究所(NRI)が、上場企業約3000社に対し、昨年末にアンケートを実施した「2006年ユーザー企業のIT活用実態調査」(有効回答519件)によると、拡充したいIT人材として6割がIT企画人材を挙げ、プロジェクト・マネジャやITアーキテクトを上回る。調査を開始した4年前から、求められる人材のトップであり、ジリジリと割合が高まっている。

 この背景を、NRIのシステムコンサルティング事業本部 水野満 産業ITマネジメントコンサルティング部長は、「4年前の状況から深刻さが増している。大規模な基幹系システムの再構築に直面している企業が多い。しかも業務パッケージ・ソフトで足りる部分は終え、自社開発すべき重要な業務に取り組もうとしている」と説明する。

 富士フイルム ホールディングスもその1社。昨年、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)のSAP R/3を用いた人事・給与システムをグループ会社に導入し終えた。同社の経営企画部 IT企画グループの林成樹 グループ長は、「これまで路線が決まったものを一生懸命やってきたが、これからは自ら発案して作り込むシステムに取り組まないといけない」と語る。

 開発工程の人材育成とは違い、講座や演習だけでは、IT企画のスキルはなかなか身に付かない。IT企画の教育サービスを提供する豆蔵のBS事業部 山田隆太コンサルタント 教育担当は、「実際の現場では想定外だらけ。答えを用意した演習で学んだだけでは、実践で使えない」と言う。

従来型のOJTは破綻

 にもかかわらず、実践教育の場となるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)はいま、破綻している。「部員の人数を絞っているため、教育より本来実施すべき業務を優先してしまうという避けがたい現実がある」(エーザイの大杉部長)。情報システム部門の人材育成の支援を手掛けてきた、社会経済生産性本部の向山聡 主任経営コンサルタントも、「OJTとして目標管理や指導計画の制度があっても、形ばかりになっている」と証言する。

 教えるためのスキルが現場にないことも問題視されている。大成建設の社長室 木内里美 情報企画部長 理事は、「本来、教える側は教えられる側に気付きを与え、自律的に取り組ませる意欲を持たせなくてはいけないが、そういったスキルがない」と指摘する。

 そもそもIT企画のスキルを持った人自体が現場に少ないことが、OJTが破綻している根底にある。その原因の一つは、1990年代に情報システム子会社化やアウトソーシングが進んだこと。「大規模プロジェクトで最初から最後まで仕切ると、IT企画のスキルが身に付く。企業が開発を外部に出したことで、そうした人材が育てられなくなった」。自らもIT企画人材の確保に苦心する、日本総研ソリューションズのITコンサルティング事業本部 吉田和隆 本部長 執行役員はこう述べる。

 また、ERPパッケージの利用が進んだことも一因といえる。ITコンサルティング会社のアイ・ティ・アール 内山悟志 代表取締役は、「帳票をひっくり返して業務を考えた人は、企画のスキルが身に付いた。その後、そうしたことをやってこなかった」と言う。

「やはり実践しかない」

 一方で、経営に役立つシステムの開発を目指し、IT戦略策定から要件定義までの開発プロセスの標準化を進める企業は多い。確かに、こうした取り組みは一定の効果を出している。

 ただ、開発プロセスの標準化にとどまっていては、経営課題、業務課題を解決するIT活用の要望には応えられない。そればかりか、開発プロセスの順守に気を取られ、本来の目的を見失うこともある。

 実際、ソフトバンクテレコムでは、品質管理の国際規格ISO9001を用いた開発・運用の標準プロセスを02年から導入しているが、品質目標やユーザー満足度に達しなかった業務システムがいくつかあった。松井本部長は、「経営に役立つシステムを作るという意義を忘れ、プロセスを守ることが目的になっていた」と振り返る。この反省から松井本部長は、情報システム部門全体に、“経営に役立つシステムを企画する”という考えの浸透を図っている。

 また、開発プロセスの標準化に加え、UISS(情報システムユーザースキル標準)を用いて部員のスキルを可視化する取り組みも各社で進んでいる。これらにより、必要とされるスキルや人材像は固まり、人材育成の準備は着々と整う。しかし、肝心のスキル向上のための取り組みは手つかずのままだ。

 「やはりIT企画などの上流工程のスキルは、実践で身に付けるしかない」――。多くの情報システム部門では、こうした意識を強く持ち始めている。KDDIでは、「プロジェクト・ベースト・ラーニング(PBL)」と呼ぶ実践形式の訓練の導入を検討し始めた。リクルートでは、この4月から、上級スキルの人が特定の若手技術者に指導する「徒弟制度」を実施する。すでに先行して実施する企業も少なくない。既定路線はない“IT活用法の開拓”時代に向けたIT企画人材の育成法を探る。


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