本誌創刊から昨年までの25年で、情報システムは劇的に進化し、普及を遂げた。2007年から始まる次の四半世紀で、企業や家庭を問わずシステムの普及がより加速するのは間違いない。だが、システム化が進むことで、本当に人は幸せになるのだろうか。大げさに思えるこの問いかけこそが、次の四半世紀に向かうべき方向を決めるといっても過言ではない。システムに対する「発想の転換」と、それを具現化する新たな技術――。2031年の情報システムに向けた取り組みは、すでに始まっている。

(矢口 竜太郎、岡本 藍、田中 淳=日経ソフトウエア編集)

今こそ発想の転換を!
優しさを形作る先端技術
“IT屋”の枠を超える


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 生活の場あるいは仕事場で、人間のそばにいて見守っている。その人が「こうしてほしい」「困ったな」などと思ったときに、そっと助けてくれる――。2031年の情報システムは、あたかも“妖精”のように振る舞うようになる。

今こそ発想の転換を

図1●2031年、情報システムは”妖精”になる
 まず図1を見てもらいたい。これを見て、どう感じただろうか。「面白そうだが、自分たちが普段かかわっている情報システムとは関係ない」「どうも現実味に乏しい」などと思われたかもしれない。

 確かに、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)の「まっしゅるーむ」は“実験”の要素が強いし、日本SGIの「空間ロボット」は、複雑な処理を行っているように見えない。それでも、これだけはいえる。どちらも、2031年に向けて情報システムが進むべき方向性を指し示している、と。

将来像は「人に優しい」システム

 本特集をまとめるに当たり、本誌は企業や大学、研究機関で活動する識者40人以上に「2031年の情報システム像」に関する意見を聞いた。その結果、多くの人たちの見方はほぼ一致した。「効率性や利便性だけを追い求めるのではなく、人間の心に安らぎや豊かさをもたらすシステム」がそれだ。真の意味で「人に優しい情報システム」こそが、今後四半世紀で目指す方向ということになる。

 まっしゅるーむや空間ロボットは、この目的に沿ったものだ。「『作業を効率化する』『便利になる』といったことが、仕事や生活に大きなメリットを与えているのは間違いない。しかし、人はそれだけで心の安らぎや豊かさを得られるわけではない。システムにも同じことがいえる。我々の研究は、こうした問題意識に基づいている」。NTT CS研の前田英作メディア情報研究部主幹研究員は、こう説明する。

 そこで考案したのが、『さーちゃ』や『しーしー』といった数多くの“まっしゅるーむ”が仕事や生活の場にいて、人間を助けてくれるという利用イメージだ。まっしゅるーむの実体はコンピュータだが、表向きは置物かぬいぐるみにしか見えない。人間が助けを求めたり、助けが必要な場面が出てくるまで、人間の様子を見守る。必要があれば、人間の要望を察して、そっと手助けする。「あたかも妖精のように振る舞う」(前田主幹研究員)のが特徴だ。CS研はこの研究に2005年に着手、現在10種類近いまっしゅるーむの開発を進めている。

 日本SGIの空間ロボットも、目指すところはまっしゅるーむと共通している。「顧客からのニーズが多様化しており、効率性や便利さだけでなく、人にとっての心地よさを支援できる機能が情報システムに望まれている」と、大塚寛 戦略事業推進本部長は話す。

“効率化偏重”の弊害が顕在化

 なぜ、2031年の情報システムが目指す方向は「人に優しい」となるのか。背景には、これまでのシステム化に対する反省がある。

 言うまでもなく、企業に限らず個人の生活の中でも、情報システムの普及は著しい。しかも、この勢いは止まる気配をみせない。企業では個々のシステム化だけでなく、SOA(サービス指向アーキテクチャ)の考え方に基づき、社内や社外のシステムを連携させて、よりビジネスに生かす体制を整える動きが顕著になりつつある。自動車や携帯電話などの組み込みソフトも高機能化を続け、すでに数百万行規模の巨大システムと化している。こうしたシステム化が企業の活動や生活に大きなメリットをもたらしていることに、疑いの余地はない。

 だが、このままでいいのか――いま出ているのは、こうした問いかけだ。文理両方の視点でITのあり方を考察している、東京大学大学院情報学環の西垣通教授は、「30年前、コンピュータはひと握りのシステム開発・管理者のための道具だった。現在では携帯電話も含めると、ほぼすべての人にコンピュータが行き渡っている。それで人間は本当に幸せになったのだろうか」と疑問を投げかける。「むしろ、以前よりも息苦しく感じることが少なくない」(西垣教授)。

 企業は、「業務効率の向上」を旗印に基幹系システムはもちろん、電子メールやグループウエアのようなコミュニケーションの仕組みを使い、様々な業務をシステム化してきた。それによって社員の作業効率は向上したが、その半面、「企業におけるヒト・モノ・カネ・時間の余裕(バッファ)を削ることになり、現場の社員は身も心も疲弊している」と、製造業の工場システムなどに詳しい、クラステクノロジーの四倉幹夫社長は指摘する。

 経営組織論を専門とする学習院大学の内野崇 経済学部教授は、「日本企業はここ10年、米国型のビジネスモデルにこだわり、目先の利益のために効率化を追求してきた。そのツケが回ってきたのではないか。従業員のモチベーションは下がり、疲労困ぱいしている」と話す。当然、そこには“効率化重視”のシステムが大きく絡んでいる。

 システムによる効率化は、企業だけの問題ではなく、社会問題としてとらえるべきとの指摘もある。未来の社会のあり方を研究するオリンパス 未来創造研究所の井場陽一上席研究員は、「システム化する際に効率性や利便性を追求しすぎると、人間から生きる力や活力を奪ってしまう」と指摘する。「情報があふれて、受け身人間が増え、自分から考えることをしなくなる」(井場上席研究員)からだ。


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