企業経営や社会活動の根幹を揺るがしかねないプログラムミスや運用ミスが多発している。その裏側には、「もっと安く、もっと高品質に」との号令だけにさらされ、疲弊していくITエンジニアの日常がある。彼らが持てる力を最大限発揮できなければ、情報システムに明日はない。「何のためにシステムを作るのか」――。ITエンジニアは、仕事に“わくわく”できるような将来ビジョンを求めている。

(目次 康男、志度 昌宏)

3K対策より将来ビジョンを
出産・育児支援で人材流出を止める
「こんな会社で働きたい」ITエンジニア2200人の本音


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ12月25日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「おいしいソフトクリームだよ」。中堅のITサービス会社、アルゴ21の太田清史社長は10月22日、ソフトクリーム店の店員に変身した。同社が、1984年の創業以来初めて開催した大規模社内イベント「ファミリー・デー」の一コマだ。

 この日、東京郊外にある遊園地、よみうりランドの広場には、太田社長のソフトクリーム店のほか、「根本常務のアメリカンドック」、「福本取締役の焼きそば」など、同社幹部による模擬店が軒を並べた。

 太田社長は、自ら作ったソフトクリームを振る舞いながら、社員には「君は入社何年目だい」と、その子供達には「お父さんが頑張ってくれてるから、この会社があるんだよ」と、一人ひとりに声を掛けている。当初は社長を前に緊張していた社員の顔も次第にほころび、いつしか模擬店の前には談笑の輪ができていた。

このままでは成長が見込めない

 アルゴ21がファミリー・デー開催に至ったのは、「今の状況を放置していたら、会社の成長は見込めない」との強い危機感からだ。経営幹部の脳裏には、02年ごろの停滞感が強く焼き付いている。当時は、重要な案件を取り損ね業績が低迷。それまで5%未満で推移していた離職率が一気に高まった。

 その後業績は回復したものの、05年に実施した社員への意識調査では、「会社はどこを目指しているのか」、「社員に何を求めているのか」、「このまま勤めていて大丈夫なのか」など将来への不安を訴える声が少なくなかった。同社は05年10月、社長直轄プロジェクト「わくわくイキイキ活動」を立ち上げた。太田社長は、「社員が感動を共有し、わくわくしながら仕事を進められる技術集団になる」とハッパを掛ける。

 プロジェクト・チームには、20代~30代のITエンジニアや営業担当者、各部門の管理職など約40人が集結。社員の士気向上策を検討する。客先に常駐している社員の疎外感をなくすためにサテライト・オフィスを開設したり、長時間労働の改善策を練ったりした。

 それ以上に力を入れたのが経営幹部と社員とのコミュニケーション。社員の将来への不安を解消するには、「経営陣が社員に歩み寄り、社員の声に耳を傾ける。それにより、経営ビジョンがきちんと伝わる風土を作る必要がある」(大江由紀夫執行役員コーポレート本部長兼システム事業センター長)との判断だ。

 ファミリー・デーに加え、「わくわくイキイキ・ツアー」と題した社員旅行制度も創設した。毎年100人、10年かけて全社員を旅行に招待する。費用はもちろん全額会社負担だ。都築亨経営企画部長は、「健康で真面目に仕事に取り組んでいれば、必ずどこかで参加できるようにする。せめて10年、できれば一生、当社で働いてほしいというメッセージだ」と話す。

30代後半のやるきが最低に

 アルゴ21だけではない。社員の“わくわく感”向上に取り組む企業が増えている。モチベーション向上策の調査やコンサルティングを手掛けるJTBモチベーションの林浩平コンサルタントによれば、「06年に入ってから、ITベンダーからの相談や依頼が急増している」。相談に訪れるITベンダーの多くが、経営幹部の思い込みで社員の士気向上を図ろうとしていた企業。従業員満足度(ES)を定量的に把握しようとしてこなかった。

図1●30代後半をピークに若手ほど仕事に「やりがい」を感じていない

 ある大手SIベンダーの幹部は、「社員軽視のツケが回ってきた」と肩を落とす。IT業界は、“頭数”ビジネスで成長してきた。人を増やせば増やすだけ仕事が取れ、売り上げや利益は上がっていった。不況期には雇用産業としての期待が高まり、就労人口はさらに“水ぶくれ”した。

 そしてIT業界は、“キツイ、帰れない、給与が低い”といった3Kを代表する職場になった。業界内で働く人材はもとより、次代を担う若者の間でもIT業界の人気は急落し、慢性的な人材不足に陥っている。

 しかし、ITエンジニアが求めているのは、3K対策だけではない。むしろ、「それでも働ける」だけのモチベーションにつながる将来ビジョンである。本誌が11月に実施した「ITエンジニアの働く意識調査」(調査概要は53ぺージ)によれば、ITエンジニアのおよそ4人に1人(25.3%)が、仕事に“やりがい”を「感じていない」とした。

 やりがいを感じない理由のトップが、「仕事や会社に将来性を感じない」(41.3%)こと。2番目の理由である「評価が上がらない」(31.3%)を10ポイントも上回る。中でも、リーダー役としての活躍が期待される30代後半の士気が最も低い(図1)。人事制度改革などを手掛けるストーン・ミッシェル・パートナーズの石塚秀俊社長は、「中堅・若手の社員が離職したり、士気が低下している一番の理由は、会社や仕事に対する“実感”を失っているからだ」と指摘する。


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