SDN、話題あれども、事例なし---。ネットワーク業界の期待を一身に集める「SDN」(Software Defined Networking)。「SDN時代」「SDN対応」をうたう製品やサービスはずいぶん増えてきたが、最近ではそこからの広がりに行き詰まり感を感じている。その最たる理由が事例(ユースケース)の少なさだ。それも、通信事業者やデータセンター事業者を除いた、“純粋なユーザー事例”となると数えるほどしかない。

 その数少ないユーザー事例の一つが金沢大学附属病院である(関連記事:【SDNの理想と現実】金沢大学付属病院は運用コストが1/5へ)。

 同病院は新棟建設に合わせて2012年4月にSDNを導入し、病院業務用LAN(院内LAN)のネットワーク仮想化を実現した。眼科など部門や電子カルテなどの業務ごとに仮想ネットワークを用意して、複数の仮想ネットワークを単一の物理ネットワークの上に構築した。こうすることで、ネットワークの設計・変更に伴う作業は激減し、障害が発生したときの通信断の時間は極めて短くなったという。

 今回のネットワーク仮想化は、OpenFlowというSDNの一手法で実現している。実際のネットワーク機器としては、通信経路を制御する司令塔役の「OpenFlowコントローラー」と、データの転送を担う「OpenFlowスイッチ」を採用している。そして、このOpenFlow導入を決めたのが、副病院長/経営企画部教授の長瀬啓介氏である。「我々にとってSDNのOpenFlow導入は単なる必然的な選択でした」と長瀬教授は語る。

写真●金沢大学付属病院 副病院長/経営企画部教授の長瀬啓介氏
写真●金沢大学付属病院 副病院長/経営企画部教授の長瀬啓介氏
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 導入当初、長瀬教授のところには採用の理由を尋ねる声がいくつかあったという。一つは「新技術に関心があったから?」。これに対する答えはノーだ。医療というミッションクリティカルな事業で意味なくリスクをとるようなことはできないからだ。また「目立ちたいから?」という声に対しても否定する。金沢大学附属病院のコアビジネスは教育、研究、ヘルスケア。目立つ必要は全くない。

 一方で、「使えるのか?」「使うだけの価値はあるのか?」という問いかけに対しては、「イエス。大変満足している」と言う。一つは前述したように、障害発生時の通信断、すなわちネットワーク再構築に要する時間が非常に短いこと。従来手法のSTP/RSTPによるネットワーク再構築には1分程度の時間を要するが、OpenFlowなら秒単位、それもほほ1秒で済む。障害の発生頻度も、既存のLANと比べて遜色ないという。また、独立したネットワークを新規に敷設・設定する際にも、今までのような物理的な作業が必要なく、OpenFlowスイッチの設定変更だけで完了する。作業量は1/5程度になった。この点も満足度が高いという。

 加えて、長瀬教授がOpenFlow導入の決め手になった要因として挙げるのが、「OpenFlowスイッチ/コントローラーをできるだけシンプルに運用する」というポリシーだ。ネットワークの運用管理コストや手間を減らすという問題解決のために、必要にして十分な機能だけを使っている。

 実はOpenFlowスイッチ/コントローラーは、プログラムを書くことによって、様々な経路制御が可能となる。通常ではあり得ない“ぐにゃっと曲がったルート”のデモを展示会などで見た人もいるだろう。これに対し長瀬教授は、「可能なことは何でもしよう、持っている機能はできるだけ使おうということになったら即反対していました」と明かす。必要ではない機能があると、システムとその運用が複雑になる。複雑化はリスクを呼び込むから、それはできるだけ排除したいという思いがあるからだ。

 さて副病院長という立場ながら、現場のネットワーク運用を指揮する長瀬教授だが、もちろん現状で満足しているわけではない。今後のSDNやOpenFlowの可能性として期待しているのが、ベンダーロックインの排除だ。「OpenFlowの規格は米グーグルなどのユーザー主導で作られました。これが評価され、受け入れられています。このことは、特定の企業がネットワークの基盤を囲い込む状況を脱して、ユーザーが自らの手にそれを取り戻そうとしていることを示しています。今後に注目しています」と語る。

 そこで今回のITpro EXPO 2013では、SDNの導入を明確なポリシーで決断し、1年半の実運用をこなした長瀬教授に、先駆者としての経験と、そこから導き出される知見を披露してもらうセミナーを企画した。SDNで何かしら迷っていることがあれば、ぜひ参加していただきたい。

【企画講演】
企業内LANとしてのSDN運用経験 ― 1年6か月の経験から得られた今後の展望
<10月10日(木) 12:10~12:50>

【講師】
金沢大学附属病院
副病院長/経営企画部教授
長瀬 啓介氏

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