「ナビシェルジェ提案では量産在庫だけじゃなくて試作のスピードアップもあり、私たちも複数部署への提案になります。田中課長にはライバルに勝って、その上会社に貢献したいならば共同戦線を張って、ナビシェルジェ提案を徹底的に使い倒したらどうかって、ニーズギャップの考え方も含めて提案してみたんですよ。そしたら『分かった』って事で、すぐに社内の取りまとめに動いてくれたんです」

「なるほどナビシェルジェを使い倒すか、商談の決めゼリフに使えそうだな」

 道野はちょっと驚いたようだった。

 「実際には荒川さんにも手伝ってもらって、前回話したシステムを活用したトータルコスト提案と組み合わせて、商品企画向けの試作を複数サンプル提出する提案と、在庫削減によるトータルコスト削減提案をセットにして提供するという提案です。こうすれば私たちは商品企画の試作段階を抑えて、量産が決まった場合はそのまま発注してもらえるメリットがあり、城東フーズは試作立ち上げから安全在庫を持たずにリードタイムを短縮できるメリットがあります。で、さっそく新しい試作の引き合いをもらってきました」

 田川の説明を受けて企画の荒川が早口で話し始めた。

 「どこでも言われるんですけど、商品企画やデザインの担当者は色々試したいんですよ。だから複数の代替案をもちたい、でも実際にはコストを考えて小出しにして何度も試作するから失注するんです。だから今回はコストかけずにスピードを上げるために、版下を出す前にパソコンプリンターで出力したデザインを、厚紙で組み立てた簡易なパッケージに貼り付けて雰囲気をチェックしてもらうようにしたんです。これだったら版下じゃないですからコストゼロだし、半日あればラフなものなら出来ちゃいます」

 道野が頷きながらに話し始めた。

 「事件は会議室で起きているわけではない。アタマの中で仮説を引っ張って堂々巡りするより、現地に行って、わかる人に直接聞け、というのが鉄則だね。小さくすばやい仮説検証のサイクルを回したほうが、間違いなく早く正解に行き着けるって事だ。今回はモデルケースで上手くいったが、次は営業部の若手がドンドン売り込めるように教育してほしい」

 顧客の声を際限なく聞くタイプを「ミスター御用聞き」、商品の特徴やメリットを一方的に喋りまくるのを「ミスターカタログマン」と呼びますが、TOC(制約理論)では顧客が購入に至るプロセスを科学し「質問」と「気づき」で商談を組み立ててゆきます。

 連載の中で紹介したオファー構築の手順は「顧客の困り事」を起点として、その「困り事」を作り出している自社の仕組みや問題を解決し、「しくみ」を作り上げて「オファー」を構築しましたが、実際の商談では顧客の抱える「困り事」がさらに多くの問題の「引き金」になる事を十分説明します。

 これは前回説明した「ニーズギャップ」の考え方を参考にします。同じ食品用の包装材料を購入するに当たっても立場役割によってミッションが違えば抱える問題も違うというのがニーズギャップの考え方です。しかし、個別の問題は抱えるミッションによって違っても、その根っこにある「中核的な問題」は多くの共通性があり、そこから多くの問題が発生している訳です。

 ストーリー中でも道野は「このままバラバラに動いていると、在庫が減らず、スピードが上がらず、収益がジリ貧に陥る」という問題の因果関係を理解してもらうことを商談のポイントとしました。この問題構造が理解出来れば一見バラバラに見える問題も相互に関連しており、多くの問題を解消するために変えるべきポイントが理解できるのです。

 練り上げられた良い提案は多くの問題が解決し、複数のウィンが連鎖します。この事に気がつくと関係者が積極的に共同戦線を張るメリットが理解できます。実際の営業の前線ではこうした顧客心理を考慮し「抵抗の6階層」を順番に突破する営業トークを創り上げ、顧客にぶつけることによって仮説検証サイクルをまわす事が重要なのです。