今回から数回にわたり、相手の心を動かすコミュニケーション手法について連載します。社内・社外を問わず、業務を円滑に進めるうえで、良好なコミュニケーションを取って相手の心を動かすことの重要性が年々高まっているからです。

 あなたのオフィスを思い浮かべてみてください。ひと昔前であれば、上司が指示・命令を出せば、どの部下も相応に従ってくれました。しかし最近は必ずしもそうはいきません。「意図が分からない一方的な命令には従いたくない」という若い社員が増えてきたとよく聞きます。社外の商談も同様です。成熟した国内市場では、新製品・新サービスの利点や競合他社との差異を、顧客に理解してもらうことが以前より難しくなっています。

 こうした社内・社外の環境変化を無視して、コミュニケーションの取り方が従来のままでは、「伝えたはずのことが実は相手に伝わっていなかった」「伝えた相手の心に響いておらず、期待どおりに行動してもらえなかった」といったコミュニケーション・ロスが頻発してしまいます。そこで相手の心を動かすこと、そのために工夫することが、業務の円滑な進行に欠かせなくなっているのです。

 また、近年はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やツイッターといったソーシャルメディアが相次いで登場しました。こうしたツールによって部下や同僚、顧客とのコミュニケーションに多様な手段が利用できるようになった一方で、使い方やタイミングを誤ると相手に悪印象を与えるリスクも高まっています。SNSで自社製品を宣伝する情報を発信しすぎると、SNS利用者の反発を招きかねません。

 そこで本連載では、相手の心を動かすために、どのようにコミュニケーションを組み立てていけばよいのかについて解説します。イメージしやすくするために、「縁(えにし)」グループという架空のレストラン・チェーンの販促策を題材にし、最近登場したツールの活用事例を交えながら、心を動かす手法とそのポイントをお伝えしていきます。

 縁グループは、寿司職人が目の前で握る本格的な鮨店の「縁」、立ち食い鮨店「えにし」、魚介料理を提供するイタリアン・バー「ENISHI」などを展開しています。今回の舞台はイタリアン・バーのENISHIです。

課題:共同クーポン購入サイトで体験者を多数集めたが、リピート客が増えない

 顧客が全然定着しないじゃないか――。

 イタリアン・バー「ENISHI」のオーナーは、ため息をつきました。同店は2週間ほど前に、3周年記念イベントとして割引クーポンの共同購入サイトを利用しました。「クーポンをきっかけにうちの味とサービスを体験してもらい、新しい顧客を増やそう」と考えたのです。6000円相当の料理を2000円で振る舞うクーポンを出しました。

 クーポンの売れ行きは順調で、150人から申し込みを受け付けました。サイト運営業者への手数料が15万円かかり、クーポンの売り上げ30万円だけでは赤字でした。それでも「1人当たりわずか1000円で多くの顧客を集められたから成功だろう」と店長は考えていました。

 ところが、クーポンを購入した顧客のうちその後も来店してくれた人は1人もいませんでした。骨折り損のくたびれもうけに終わったことが分かったため、オーナーはため息をついたのです。