本欄は「担当編集者が語る」と題されているが、今回は「担当編集者と著者が語る」という内容である。『ITによる業務変革の「正攻法」 JFEスチールの挑戦』の著者、安保秀雄と担当編集者の谷島宣之が本について話し合った。

谷島 「ITによる業務変革」という大きなテーマの本ですが、著者として一言で説明するなら、何の本と言えますか。

安保 企業(あるいは組織)の各部門が連携して力を出していくための方法と事例、でしょうか。

 各部門が意思疎通を図り連携して企業としての役割を十分に果たし、さらに顧客に提供する商品やサービスを進化させようとする方法としてどのようなものがあるのか、JFEスチールとグループ会社が実際にどう考え活動したかを、ありのままに書いたつもりです。

谷島 企業内の各部門が顧客のために連携するのは当たり前では。

安保 その通りですが実際には営業部門と生産部門、サービス部門などの間でぎくしゃくしている企業がけっこうあります。それでは顧客本位の製品やサービス提供が難しくなります。

 各部門はたいていきちんと業務を進めようとしているのですが、業務で扱う情報(データ)がこま切れなっているために他部門の状況が分からず、結局自分勝手にバラバラに行動せざるを得ない。こんな現場をよく見かけます。連携したくてもできないのですね。

 そういう現場が業務に必要なデータを共有できれば、各部門が力を合わせて顧客に製品やサービスを提供しやすくなります。提供する製品やサービスそのものを進化させたり、提供の仕方を顧客のニーズに合わせて適応させたりすることもできます。

 JFEスチールとそのグループ会社は経営統合を機に、いくつかの方法を利用しながらIT改革と業務変革を進め、10年間をかけてさまざまな部門や工場が連携できる仕組みを作りました。現在も変革を継続し、事業を進化させ続けています。そこで利用した方法と、具体的な活動や考え方を本書に記録しようと取り組みました。

谷島 情報システム部門に限らず、色々な立場の人が読めますね。

安保 「うちの会社はもっと力を出せるのになあ」「でもどうしたらよいか分からない」と思っている方を念頭に置いて執筆しました。IT部門や経営企画部門に限らず、現場で困っている業務部門の方も読めるようにしたつもりです。ご意見や読後の感想などがあれば、“hideo.ampo @ gmail.com”までご連絡ください。今後の参考にさせていただきます。

 JFEスチールは製造業ですが、本書で記述している内容は多くの企業に共通すると思っています。一つの例は、営業部門と製品・サービス提供部門の間の連携の仕方です。たとえば、営業部門のデータを「商談」「仕様」「注文」に分けて分類し、必要なデータを他部門と共有し経営や生産に生かしているといった例です。

谷島 題名にある正攻法をもう少し詳しく言うとどうなりますか。

安保 本書で記述した「正攻法」は三つに大別できます。第一は、共有すべきデータの洗い出し方と共有の仕組みの構築方法です。

 先ほどの営業情報のように、業務に必要なデータ、部門間で共有すべきデータを考える方法として「概念データモデリング(概念データモデル設計法)」があります。JFEスチールは、自社の事業とはそもそも何か、というところから考えて、事業に本来必要なデータを導出していく技術データ管理支援協会の方法を利用しました。 第二は、業務とシステムの全体像の記述方法です。自社にどんな業務があるのか、どこにどんな情報システムがあるのか、業務とシステムを対応付けながら全体像(アプリケーション・ポートフォリオ)を明確にします。JFEスチールが独自に考えた方法を本書に記録しました。

 第三は、暗黙知と形式知の相互変換の方法です。個人が持っている優れた暗黙知を、形式知にして組織で共有することを繰り返す方法です。これで個人とチーム・組織を変革に向けて動きやすくし、力を高めていきます。一橋大学大学院名誉教授の野中郁次郎氏の考え(SECIモデル)を利用しています。

谷島 正攻法をまとめてみて、どんな感想を持ちましたか。

安保 本書の取材を始めた1年前、JFEスチールの方々に、「10年間の活動とそこにおける考え方を『歴史の中に記述する』という姿勢で臨みます」とお伝えしました。

 JFEスチールが取り組んだ概念データモデリングの源泉は、1960~70年代の内外の論文や書籍にあり、それ以降ANSI(米国規格協会)やISOの標準なども組み合わせながら発展してきました。およそ50年前からこつこつと積み重ねられてきた方法です。

 積み重ねられてきたなかの一つの事例としてJFEスチールの活動を私が記述し、出版を通して歴史の中に織り込もうとしました。このたび出版できたので、この考え方や活動内容を現代で共有し、今後も参照できるようになったと思います。もちろん、すべてを書き尽くせませんでしたが。

 ところで、そもそも本書をなぜ企画したのですか。

谷島 日経コンピュータはこれまで「正攻法」と銘打った本を2冊出しています。『システム統合の「正攻法」 世界最大6000人プロジェクト、三菱東京UFJ銀行「Day2」に学ぶ』と『システム改革の「正攻法」』です。

 いずれも金融関連の大規模システム開発プロジェクトを対象としており、プロジェクトの経緯や工夫、経営者のインタビューを盛り込みました。こうした取り組みをきちんと本に残す活動を続けたいと思い、3冊目として本書を企画しました。

安保 JFEスチールを選んだ理由は。

谷島 先の2冊が金融のアプリケーションに関するものでしたので、製造業や流通業の本を出したいと思っていました。ちょうどそのとき、概念データモデリングに詳しい産業技術大学院大学教授の南波幸雄氏と雑談していたところ、JFEスチールの話になったのです。

 「システム統合を成功させた後も、地道な取り組みを続けていますよ」と教えてもらいました。システム統合については日経コンピュータが記事として報じていたので、その後の取り組みを伺えれば本になるのではないかと考え、JFEスチール関係者に会いに行き、「本を作りましょう」とお願いしました。

安保 今さらですが取材と執筆を私に依頼した経緯は。

谷島 JFEスチールが採用している手法の一つに、さきほど話に出た概念データモデリングがあります。同社がこの手法を採用したきっかけは日経コンピュータの2002年4~9月の連載記事『ITを活用したビジネス改革』(筆者は手島歩三氏=ビジネス情報システム・アーキテクト代表取締役、技術データ管理支援協会理事)だったそうです。

 手島さんの連載を担当していたのが当時日経コンピュータ編集委員だった安保さんでした。JFEスチールの本を作ろうとすると概念データモデリングは避けて通れませんから取材と執筆をお願いした次第です。ところで今後も同様のテーマで書籍を執筆する考えはありますか。

安保 機会があれば、事業や製品・サービスの基盤の分析について書けたらと思います。それについては本書でも記述しているのですが、今回は主に部門間の意思疎通と連携、あるいは個人や組織が動きやすい場の作り方に焦点をあてています。

 先ほど述べたように、連携に必要な情報・データを抽出して整理するためには、そもそも企業がどのような事業をしているのか、事業の基盤や構造はどのようなものかを概念データモデルなどを利用して考えることが大切になります。そうすることで、積み重ねるように着実に事業を発展させやすくなるでしょう。

 ITによる業務変革の「正攻法」 JFEスチールの挑戦

ITによる業務変革の「正攻法」 JFEスチールの挑戦
日経BP社発行
日経コンピュータ編
2940円(税込)