音楽の世界に「詞先」「曲先」という言葉がある。詞を先に作って曲を付けるのか、曲に詞を乗せるのかという意味だ。ややこじつけだが、記事になぞらえるならタイトルを付けてから中身を書くか、中身を書いてからタイトルを付けるかといったところだろうか。新米記者の頃はデスクや編集長に「まずタイトルを考えてから書き始めろ」と何度も言われた。その方が的を絞った記事が書けるからだ。

 先輩の指導のおかげで2~3ページの短い記事なら、そうやって書く癖が身に付いた。だが、十数ページに及ぶ特集などの場合、実際に書き上げてみると別のタイトルの方がふさわしいと考え直すことはよくある。筆者がかつて所属していた週刊の媒体では「見出し会議」というのがあり、関係者が集まって議論したうえで最終的には編集長が特集タイトルを決めていた。数はそれほど多くはないが、企画段階から考えていた特集タイトルがそのまま採用されたこともあった。そんな時は記事の出来栄えにもある程度納得できた。

 それでいうと、『最初に飛び込むペンギンになれ!』という本書の中身には多少の自信がある。本書は月刊誌『日経情報ストラテジー』の連載コラム「改革の軌跡~あのプロジェクトの舞台裏」に掲載した15のケーススタディーをまとめたものだが、出版に当たって最初に通しで読み込んだ時、「タイトルはこれしかない」と確信したからだ。これまで何冊もの書籍に関わってきたが、タイトル決めには時間がかかるのが常で、こんな経験は初めてだった。

 あまりビジネス書らしくないこのタイトルは、本書でも取り上げている気象予報サービス会社、ウェザーニューズの創業者である故・石橋博良氏が社員に口癖のように語っていた「1匹目のペンギンになれ」という言葉を借りたものだ。餌を取るために群れの中で最初に海に飛び込むペンギンのように、勇気を持ち、失敗を恐れずに困難に立ち向かえという意味が込められている。

 ウェザーニューズを含め、ハウステンボスや餃子の王将、キリンビールなどそれぞれのケースを読み返すと、どの事例にも困難にひるまず、自ら立ち向かっていく「最初に飛び込むペンギン」が登場する。それに気づいてこのタイトルにしようと決めたわけだ。

 もっとも、社内の関係者がすぐに賛成してくれたわけではない。出版担当者からは「そのタイトルで読者に内容が通じますかね?」と疑問を投げかけられた。確かに、もっとストレートに内容が分かるタイトルの方が売れるかもしれない。だが、今回は「これ以外にはありません」と押し切らせてもらった。

 そうして編集作業を進めているさなかに東日本大震災が発生した。震災からの復興に取り組んでいる人たちの姿を見ると、やっぱりこのタイトルにしてよかったと感じた。「最初に飛び込むペンギンになれ!」という言葉がそうした人たちを応援するメッセージにもなると思ったからだ。

 震災からの復興ほどの困難ではないにせよ、どんな会社でも経営や現場は問題を抱えている。本書で取り上げた15社もそうだ。経営トップや現場の最前線で働く人たちが当事者意識と使命感を持ち、自分たちで会社を変えようとした結果、抱えていた問題を克服し、組織や企業風土の改革へとつながった。そう話すと堅苦しい内容に感じてしまうかもしれないが、表紙やタイトルのイメージと同様にすらっと読める構成にした。「あの会社、舞台裏ではそんなことがあったのか」「自分なら1匹目のペンギンになれるだろうか」といった感覚で読んでもらえれば幸いだ。

 ちなみにこの紹介記事のタイトルは最後につけたもの。果たして読者に伝えたいことは伝わっただろうか。

最初に飛び込むペンギンになれ!

最初に飛び込むペンギンになれ!
日経BP社発行
日経情報ストラテジー編
1680円(税込)