営業不振を不況のせいにするのはたやすい。成約できるかどうかを短期的に考えるのでなく、今は種まきの時期と割り切る。対話スキルを磨き、顧客と良好な関係を築くことも重要だ。顧客との関係強化のためにトップ営業が実践している対話術を直接取材し、初めて公開する。



 「話をしていても、顧客が乗り気でない」「何度か話を聞いてくれたものの、結局RFP(提案依頼書)はもらえなかった」─。こうなってしまうのは、不況だけが原因ではない。営業担当者の対話能力が欠如している。このことが一番の理由だ。

 「営業担当者が一方的に話してしまうと、顧客は嫌悪感を抱く」。JSOLの泉谷浩成製造・流通営業本部東日本営業部第一課マネジャーは言い切る。

 熱心に情報提供してもRFPを入手できないのは、信頼されていない証拠。この理由について、ITベンダー向けの研修を手掛けるネットコマースの斎藤昌義社長はこう分析する。「情報提供には必死でも、課題を把握しようという姿勢が見えないと、顧客は提案内容に期待が持てないと判断する」。

 心当たりのある営業担当者は少なくないはずだ。不況の今こそ、自己の対話スキルを見つめ直し、弱点を解消しておこう。

 本誌は、トップ営業が実践している対話術を、難易度に応じてホップ・ステップ・ジャンプに分類。三つのレベルで対話スキルを磨くことを提案する。

 「顧客との会話は弾むのだが、商談の声がかからない」。こうした悩みを抱える読者は、ステップ編からチェックしよう。「顧客と良好な関係を築けていると思うが、成約率が上がらない」という営業担当者は、ジャンプ編から読んでいただきたい。

[ホップ編]話しやすい存在になる

 まずは、顧客にとって話しやすい相手になることを目指そう。顧客との関係が良くなり、ソリューション提案に必要な情報を顧客から引き出しやすくなる。

 トップ営業が、顧客と心理的な距離を縮めるために実践していることは二つある。さまざまな話題を顧客に提供することと、貴重な情報源になるということである。

プライベートな話から入る

 売ってやろうという姿勢の強い営業担当者とは話しづらいものだ。意外かもしれないが、トップ営業の多くは、趣味や余暇の過ごし方から会話を切り出している。

 ミロク情報サービスの宮崎健史首都圏支社支社長代理兼ソリューション第三課長や、沖電気カスタマアドテックの真船高行ICTサービス営業部営業第三課課長もそうである。初回訪問時には、「最近、体力づくりが大事だと考えて、マラソンを始めました」「ゴルフが趣味なんです」といった、プライベートな話題から始める。

 特にミロク情報サービスの宮崎支社長代理は自分のことは話しても、顧客のことを深くせんさくしないように注意している。

 顧客が趣味を明かさなくても効果はある。「自分の余暇の過ごし方を話すだけで、親近感を持ってくれる顧客が多い。顧客から相談される件数が増えたし、成約率も上がった」。宮崎支社長代理は笑顔で話す。

 顧客の立場に共感するような意見を伝えるのも、顧客との距離を縮めるのに効果がある。ITコンサルティング会社であるサインポストの市川成浩公共システム事業部長は、初回訪問の際に、面会相手が担当しているプロジェクトなどを聞き出す。そして、相手が置かれている立場を想像し、苦労をねぎらう。

 過去にこんなことがあった。初回訪問で、面会した相手から、「業務改革の担当者であり、新システムの構築だけでなく人員整理まで任されている」と聞かされた。あまり乗り気ではない様子だった。

 市川事業部長はこう話した。「同僚や上司のことを考えると、つらい立場ですね。ただ、それだけ重要な役目は、誰でもできるわけではないと思います」。

 その一言が、相手の心に響いたのだろう。市川事業部長はこの担当者から、「細かい情報を話してもらえ、商談もスムーズに進んだ」と振り返る。

 人間は、自分に関心を持ってくれる相手に好意を抱くものだ。顧客も同じである。

 リコーテクノシステムズの佐藤浩和MA統括本部パートナー第1事業部副事業部長は、顧客を訪問する前に、顧客企業の経営状況や製品、サービスなどについての情報を収集して話題にする。

 「御社は不況にもかかわらず、増益を達成していらっしゃいます。どのような経営努力をされているのか、知りたいものです」。こう顧客に質問するのだという。

 「自社の強みに関することは、相手も話しやすいもの。案件のテーマと外れていても、ここで会話が弾めば、その後の商談を進めやすくなる」。佐藤副事業部長は言う。



本記事は日経ソリューションビジネス2009年6月15日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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