クラウドコンピューティングはユーザー企業にとって、ダウンサイジング以上のインパクトがある。「クラウドプロバイダー」と呼べる企業が台頭し、ITサービス企業の淘汰が起こるかもしれない。


 「雲」は詩や楽曲の対象であったり、天変地異、気象を予測する重要な要素である。  ところがIT分野に限って「クラウド」は、業界トレンドを占うキーワードの一つとなってきた。「クラウドコンピューティング」を巡る報道件数をWeb上で調べてみると、2007年下期が同上期の12倍、08年上期は30倍、同下期は11月までの5カ月間で80倍にも増えた。

 IT関係者の大きな関心事となっていることが分かる。ただし報道の約9割は米国発だ。

 かつてダウンサイジング(クライアント/サーバー)やWindows、インターネット(Web)、Linux(オープンソース)などのIT現象、技術用語が報道件数を伸ばし、ムーブメントを起こした。今回のクラウドコンピューティングは、これらに匹敵する大きな潮流となりそうだ。

IT業界に構造変革を迫る

 クラウドは、一般消費者を巻き込み世の中に与える影響という意味では、Windowsやインターネットには及ばない。一般利用者がクラウドの存在を意識しないで使っているからだ。だが、雲の下のIT業界に根本的な「構造変革を迫る」ということで、ダウンサイジングと並ぶ一大IT現象となるだろう。クラウドはITインフラ、ITビジネスの戦略、方向性のすべてに影響を与える。

 ユーザー企業内のIT部門も含めると、ダウンサイジング以上のインパクトがあるかもしれない。クラウドは「企業内からコンピュータ室(データセンター)がなくなるという発想」(富士通の石田一雄・経営執行役上席常務サービスプロダクトビジネスグループ長)だからだ。

 多くのユーザー企業は、オンプレミス(自社運用型)だけでなく、電力サービス会社にも似た巨大な「クラウドプロバイダー」が所有する商用データセンターの中にあるコンピューティングリソースを、リモートで使うようになるだろう。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を使うか、カスタムソフトを選ぶかはユーザー企業の裁量による。

 一方で、私有のクラウドを作る企業も超大手中心に現れる。しかし「クラウドは共同型にした方が経済性が高い」と調査会社の米フォレスタリサーチが言うように、巨大なクラウドプロバイダーはデータセンター経営に慣れている。ITインフラ規模が大きいことによる恩恵もある。

クラウドは必然の流れ

 日本IBMの中島丈夫エグゼクティブ・テクニカル・アドバイザー(技術理事)は、クラウドをもう少し過激に見ている。

 「クラウドは現在、IT業界や企業のIT部門が開発したり構築・運用している業務ソフトやITインフラ環境のすべてを収容し代替するパラダイムシフトとなり得る。クラウドでデータセンターが産業化、工場化すると、ソリューション提供とかシステム構築などの業界用語は死語になる。顧客の欲しい“最終製品” がクラウドから出荷されるからだ」と言う。

 大規模システムに詳しいNTTデータの重木昭信副社長も、「クラウドは技術的に見て必然の流れ。ブロードバンドによってシステムの集中化が進む。IT業界はこぞって取り組むべき」(重木副社長)とクラウドの潮流を肯定する。

 さらに同副社長は、「注意すべきはクラウドは現状の技術を置き換えるのではなく、新分野を開拓するものであること。代替ではないから一挙に市場は拡大しない」と見ている。

 IT界は過去20年間続いたクライアント/サーバー、いわゆる分散型コンピューティングからクラウドコンピューティングへのシフトの最中にいる。ブロードバンドや並列処理可能なマルチコア、ストレージ、仮想化などの飛躍的なIT技術の改善は、集中化したクラウド基盤によるコンピューティングを可能にした。

 米メリルリンチの5月の調査レポート「クラウド戦争」によれば、クラウドは業務処理で従来の5~10倍、個人の生産性向上のためのアプリケーションでクライアント/サーバーの3~5倍の費用対効果が期待できるという。例えば電子メールの月額は自社運用の3分の1以下だ。

 日本IBMの岩野和生執行役員ソフトウエア開発研究所長は、「コンピュータのハードとソフトで月額30万円の世界が実現する」と話す。特にSMB(中堅・中小企業)への普及が見込まれるという。

 クラウドに潜在する経済性は、目下の世界同時不況下では非常に魅力的であり、「初期投資が少なくて済むので今後は急速に発展する可能性がある」(日立製作所の香田克也経営戦略室事業戦略本部担当本部長)。



本記事は日経ソリューションビジネス2008年12月15日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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