「あっちゃー、あんたひさしいね。ソクサイにしとったけ、仕事忙しいがけ。」
「なんやらワヤクやちゃ。」
例えば、久しぶりに叔母さんと甥が合った場面で交わされる会話である。富山弁中級編といったところか。叔母のセリフを東京方面の言葉に翻訳すると「あら、あなた久しぶりね。元気にしてたの、仕事忙しいの」となる。甥のセリフは関西方面の言葉に翻訳しやすい。「ワヤワヤでんがな。」である。これまでも、この日記の中で都度、富山弁を紹介してきたが、今回まとめてそのディープな世界をご披露したい。
まず、地理的条件を整理しておこう。こうしろう一家は富山県の西部に住んでいる。富山県では呉羽山という小さな山をはさんで、西側を呉西、東側を呉東という。呉西はどちらかと言うと関西の影響が強く、呉東は関東に近い。カップうどんの関西風味と関東風味の日本海側の分岐点も富山県に存在する。
隣県はというと、東の新潟県は東京まで新幹線で結ばれて以来、関東圏に属しつつある。西側の隣は石川県であるが、さらにその隣は福井県、福井は富山から見るともう関西である。石川県は、ご存知の通り前田のお殿様の加賀百万石の伝統を受け継ぎ金沢文化圏を形成している。富山県西部も、その昔は加賀藩に属していた。ゆえに、呉西の方言は金沢文化圏の影響を受け、呉東の方言とは少し異なっている。
例えば「クドイ」。いや、私の話のことではない。話がくどいのも「クドイ」というが、味が濃いこともクドイという。「ショッカライ」は塩味が強すぎる時にのみ用い、漠然と味が濃い時に「クドイ」という。これは石川県でも同様らしい。私は、関西人が「クドイ」ことを「カライ」というのにビックリしたことがある。富山県で「カライ」は唐辛子やコショーなどにより「辛い」時にのみ使う言葉だからである。
お国言葉というものは愛すべきものである。地方紙に載っていた方言についての意識調査の結果でも、富山県人の7割は富山弁が好きらしい。でも、富山弁はきれいな言葉なのであろうか?
どうも、そうでもないようだ。富山県人同士が会話をしていると他県の人には喧嘩をしているように聞こえるらしい。
以前、東京にあるソフトメーカーのサポートセンターに電話で問い合わせをした時のことである。私は極力、標準語で話そうとしていたので、妙に丁寧な言葉でクレームをつけていた。サポート担当者からは誠意の感じられない回答しか返ってこない。角度を変えて、何度尋ね直しても、木で鼻をくくったような回答しかしてくれない。私はイライラして、しまいには富山弁でまくし立ててしまった。すると突然、サポート担当者は丁寧な口調で話だし、こちらの意図を汲み取ろうとしてくれた。結局、その人はビビッていたのだと思う。こっちは怒っているわけではないのに、悪いことをした。でも『この手は使える』と思ったことも事実である。やっぱり、富山弁は怒っているように聞こえやすい言葉なのであろう。
富山弁の汚さを象徴する言葉の一つに「ばー」がある。「ばー」とはお前とかあなたという意味の言葉である。妻のことを「カアカ」や「ジャーマ」というのもきれいとは言い難い。
「ばー、なんくくる?」
「ばー、なんくくる?」とは富山県西部に伝わる呪術的治療法である。目ぼろ(「ものもらい」のことである)ができたら、その家のおっちゃん(「次男坊、三男坊・・・」のことである)に藁を輪にしたものを手にもってもらい、自分の前に坐ってもらう。そして、目ぼろになった人が、おっちゃんに向い「ばー、なんくくる?」と言う(迷惑な話である)。おっちゃんが「目ぼろくくる。」と言って輪で目ぼろをくくる真似をする。その後、その藁を燃やす。すると、目ぼろが治るという。
一応富山県人の名誉のために言っておくが、現在ではだれもこんなことはしていない。もちろん、目薬を注している。しかし、そんなに昔の話でもない。実は私の妻が子供の頃、おっちゃん(私の義父の弟さん)にしてもらっていたそうである。
「旅の人」
富山県人は村意識が強いのであろうか?「旅の人」といってもツーリストではない。地元出身者でなく、富山県に在住している人(何十年も住みついた人を除く)を「旅の人」という。例えば、転勤で東京から単身赴任で来ている人のことを「旅の人」という。また、私が関西の大学に行っていた時、両親や祖父母は人に「旅の大学に行っている」と話していた。就職して東京に長期出張していた時も「ちょっと、旅にいっとる」と母は言っていた。わたしゃ、別に三度笠の渡世人ではない。
最後に、代表的な方言を表にしておく。
富山弁 | 意味 | 用法 |
ションナイ | 味が薄いこと、転じて満足のいかない場合に使われる | ションナイ仕事(利益の薄い仕事の意) |
ダヤイ | 疲れた、シンドイ | 「あー、ダヤイ」 |
キトキト | 魚が新鮮なさま、転じて人にも使う | キトキトの目しとる |
ハラウイ | おなかがいっぱいである | 「なんか、食べる?」、「わし、ハラウイ」 |
ナーン | 軽い否定を表す | フランス語のノンが間延びしたような言葉 |
オツクワイ | 正座のこと | 子供に向かって「きれいなオツクワイしとるね」 |
ネマル | 坐る | 「あんた、ネマラレ」 |
ダラ | ばか、あほ | 「お前、ダラか」 |
イクソル | 驚く、ビックリする | 「あー、イクソッた」 |
イッケマッツイ | 血縁の薄い、もしくはない親戚縁者 | 「あんたと私、イッケマッツイながいぜね」 (みんなどっかで繋がっている) |
オウドバス | 物事が過剰な様 | 「あっちゃー、あんたオウドバスな」 |
バーラッチャ | ばーの複数形、お前達の意 | 喧嘩腰の言葉である |
オラッチャ | 私たち | 「オラッチャのー、XXやちゃ」 |
ハッサン、シー | じゃんけんぽん、インジャンホイ |
マインドストームのマの字も出てこない今回の日記が、日経ソフトウエアY編集長の逆鱗に触れない限り、つづく。
(金宏さん,文章がキトキトやちゃ Y)