文・朝長 大、鈴木 紀秀(NTTデータ経営研究所 ソーシャルイノベーション・コンサルティング本部)

 「どこでもMY病院」構想とは、政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)が2010年5月に公表した「新たな情報通信技術戦略」における医療分野の計画の一つです。医療分野の他の取り組みが医療サービスの提供者向けの仕組みであるのに対し、「どこでもMY病院」は「自己医療・健康情報活用サービス」の別名があるように、利用者向けのサービス、つまり「PHR(Personal Health Record)」の一つと考えられます。

 PHRの普及は、日本国内では必ずしも十分ではありません。原因は国内でのPHRの一般的な考え方が、「PHR イコール 個人の健康情報を管理する仕組み」というとらえ方にとどまっているためです。言い換えると、PHRである「どこでもMY病院」の普及には、「どこでもMY病院」が利用者にとってメリットのある仕組みであることが必須です。

 つまり、「どこでもMY病院」を単なる「個人の健康情報を管理する仕組み」ではなく、「だれもがよりよい健康・医療サービスを選択し受けやすくするための電子的な記録および意思決定支援システム」ととらえることが重要です。

役に立つ3つの場面

 「どこでもMY病院」で検討されている内容から、利用者のメリットとして次の場面を想定でき、こうしたメリットが実際に享受できるかどうかが「どこでもMY病院」成功のカギとなります。

(1)日常生活での健康管理(活用される情報:健診情報、健康情報[各種バイタル情報]など)
 個人で毎日の運動量や体重を記録しなくても、携帯電話某社のテレビCMのように携帯電話などが食べ過ぎなどを教えてくれるので健康管理がしやすくなる。

(2)医療機関や薬局を受診したとき(活用される情報:診療明細および調剤情報、本人提供用退院サマリ、検査データなど)
 医師や薬剤師に過去の病気や治療内容(処方を含む)を説明しなくても、自分に合った治療(投薬)を受けやすくなり、余分な検査や投薬を防止できる。

(3)急に倒れて意識がなくなったとき(活用される情報:診療明細および調剤情報、本人提供用退院サマリ、検査データなど)
 意識がなくなった場合でも、救急処置に必要な情報(既往歴、服薬歴など)を救急隊や医療機関が把握できるため、適切な治療を受けやすくなり、救命率が改善する。

どのような仕組みで実現するのか

 「どこでもMY病院」はPHRであることから、利用する情報は主に「EHR(Electronic Health Record)」から提供されます。つまり、PHRである「どこでもMY病院」を実現するためには、EHRが実現されている必要があります。PHRの概念は前述した通りなので、ここではEHRと、それと関係が深い「EMR(Electronic Medical Record)」について説明します(図1)。

図1●EMR、EHR、PHRの関係
図1●EMR、EHR、PHRの関係
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 「EMR」はいわゆる電子カルテです。電子カルテとは、医療機関で発生する患者の病状や検査結果、治療内容、処方した薬の種類、画像などの情報を電子的に記録し、医師や看護師などで情報を共有し、チーム医療に役立てて、医療の質の向上を図るツールです。個々の医療機関で導入が進んでいます。

 一方EHRとは、ネットワークを活用して、EMRだけではなく、健診、レセプトデータ(医科・薬科)、在宅用健康機器などの情報が集約された仕組みです。EMRが医療機関内の情報を対象としているのに対して、EHRは医療機関外の情報も対象としています。つまりEHRは、保険者(国保、健保、協会けんぽなど)、医療機関、薬局、介護施設、個人に関するヘルスケア関連システムがすべてつながったヘルスケアプロバイダ向けの仕組みです。

 EHRのメリットは、異なる場所に分散し、保存されている個人の診療情報を統合し、患者が日常生活を行う地域内で情報を共有することにより、共有された情報をチーム医療に役立てることに加えて、情報を2次利用することで医療の質(例えば重複検査・投薬の防止、医療費や副作用の減少)を向上させることにあります。EHRにより得られるメリットは、個人の立場からはPHRのメリットでもあります。

 つまり、PHRである「どこでもMY病院」構想を実現するためには、EHRを実現し、蓄積された情報を個人向けに提供するサービスを実現することが必要です。