文・有馬 出(NTTデータ経営研究所 情報戦略コンサルティング本部 コンサルタント)

 引っ越しワンストップサービスとは、引っ越しに伴って発生する住所変更届などの各種手続きを一度に完結できるサービスです。引っ越しをする際に必要となる公共・民間の手続きを大幅に簡素化できる可能性があり、民間企業・自治体(国)を含めた取り組みが始まっています(図1)。

図1●「引っ越しワンストップサービス」のイメージ
図1●「引っ越しワンストップサービス」のイメージ

引っ越しワンストップサービスが求められる背景

 引っ越しワンストップサービスが求められる背景を、サービスの「利用者(住民)」「民間企業」「自治体(国)」の視点から整理してみましょう。

利用者(住民)の視点
 これまで、引っ越しをする際には、自治体への転出・転入届のほかに、電気・ガス・電話などの民間のサービス提供企業に対して個別に住所変更の手続きを行っていました。最近はインターネットから住所変更手続きができるサービスも増え、利便性は徐々に向上してきているものの、複数の事業体(自治体を含む)への手続きを1回で完結できるところまでは至っていないのが現状です。政府の「次世代電子行政サービス基盤等検討プロジェクトチーム」の報告によると、一般的な引っ越しでは住所変更届などの公共部門の手続きだけでも、最大7カ所の窓口を訪問し、最大13種類の書類を窓口に提出しており、利用者である住民の負担になっています(図2)。

図2●引っ越し手続きに必要な公共部門の訪問先数と書類数
図2●引っ越し手続きに必要な公共部門の訪問先数と書類数

民間企業の視点
 これまで、民間企業は住民の異動に関する情報を住民の申告から把握していました。しかし、異動の状況をタイムリーに把握できないことにより、料金徴収の面でトラブルが起こることもありました。民間企業の中にはインターネットからの異動届出手段を提供しているところもありますが、実際の利用は少なく、当初想定していた業務処理コストの削減は実現できていないのが実情です。引っ越しワンストップサービスが広く普及すれば、インターネットを経由した電子的な手続きの比率を高め、企業内部の事務処理コストを減らすことができます。

自治体(国)の視点
 自治体では、担当課ごとに住所変更届の業務を重複して行っていることが多く、情報入力や処理にかかる業務コストに削減の余地があると指摘されています。いくつかの自治体では転入届や印鑑登録、母子健康相談などの業務をワンストップで提供しているものの、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を利用する税金や各種保険料などのサービスには対応していないなど、必ずしも十分なワンストップサービスを提供できているとは言えません。
 経済産業省が2008年に実施した「引越手続きワンストップサービスに関する調査」でも、「ワンストップ化可能な手続きが少なく利便性が低い」といった意見が挙がっています。政府は2009年度に「次世代電子行政サービス基盤等検討プロジェクトチーム」で検討を行い、経済産業省は官民が連携した実証実験も行っています。